ワインは基本的にブドウのみを原料に造られるお酒です。だからこそ品種やその土地の個性が反映されますが、あともう一つ、外せない要素が “人”です。魂や愛情を込めてワインに向き合う人が欠かせません。
今回はイタリアの生産地を訪れ、伝統と革新を重んじる「アンティノリ」のワイナリーを訪問しました。彼らがどんな想いでワインと向き合っているのかを、2回にわたってお伝えします。
前編では、「アンティノリ」の歴史を導入として、プーリア州を近代化に導いたワイナリーである「トルマレスカ」と“次代のボルゲリ”として未来を託されるワイナリー「レ・モルテッレ」をご紹介します。
後編はこちら
”We can always do better” アンティノリの神髄
イタリアの名門ワイナリー、アンティノリ。ティニャネロやソライアをはじめ、チェルヴァロ・デラ・サラ、サンタ・クリスティーナシリーズなど、多くの名高いワインを生み出し、名実ともにイタリアを代表するワイナリーの一つです。14世紀からワインビジネスを続けており、その長い歴史や実力を持つワイナリーはイタリアのみならず世界中を見渡しても決して多くはありません。
成功の鍵となったのは、26代目のピエロ・アンティノリ侯爵です。彼は28歳の若さで当主となり、アンティノリだけでなく、イタリアワイン界全体を牽引してきました。
ピエロ侯爵の口癖は、「We can always do better(私たちは常により良くできる)」。その姿勢は、多くの革新的なワインを生み出す原動力となりました。その中でも、キャンティ・クラシコ地区を代表するスーパータスカン、「ティニャネロ」は象徴的な存在です。
1960年代、キャンティには白ブドウを混ぜることが法律で義務づけられていました。黒ブドウであるサンジョヴェーゼには固さと渋みが感じられることから、当時の技術では白ブドウを混ぜること、つまり赤ワインを薄めることが飲みやすいワインを造るのに合理的だったのです。このようにして、飲みやすいものの長期熟成には向かない低品質なキャンティが市場に出回っていました。
そんな中で、トスカーナとサンジョヴェーゼの可能性を信じたピエロ侯爵は、キャンティのブランドを捨ててでも高品質なサンジョヴェーゼのスタイルを追求しようとしました。こうして1971年に生まれたのが、白ブドウを混ぜずに造られたティニャネロです。
その後、キャンティの他の生産者たちも続き、ワイン法も変化していきました。
ティニャネロの誕生はまさに革新の精神を体現しており、同時に土地やブドウ品種という伝統への深い愛も表現されています。この「革新と伝統」という精神は、アンティノリの他のワイナリーにも息づいているのです。
“みんな違ってみんないい” ~ボッカ・ディ・ルポ(トルマレスカ)~
お話を伺ったのはワインメーカーのミケーレ・レオーネさん
【ボッカ・ディ・ルポ】 創業:1998年 トルマレスカのワインの中でも、ファインワインを手掛けるブティック・ワイナリーのような存在です。 【プロフィール】 ワインメーカー:ミケーレ・レオーネさん
イタリアのかかと、プーリア州にあるトルマレスカは、アドリア海沿いに「マッセリア・マイメ」、内陸に「ボッカ・ディ・ルポ」と二つのワイナリーを所有しています。プーリア州は北と南、内陸と沿岸で気候や土壌が大きく異なり、個性豊かな土着品種がひしめいています。
当時、質より量を重視していたプーリアの地にポテンシャルを見出したのがピエロ侯爵。品質主義を貫いた結果、土着品種であるプリミティーヴォを使った赤ワイン「トルチコーダ」が国内外で高い評価を獲得します。プーリアがワイン産地として注目を集めるきっかけとなり、“プーリア・ワイン・ルネッサンス”と呼ばれる現象を引き起こしました。
トルマレスカが大切にするのは、プーリアの気候や品種の多様性です。その精神がよく表れているのが、内陸側のワイナリー名を冠した「ボッカ・ディ・ルポ」。“南のバローロ”と称される土着品種アリアニコを使った赤ワインで、この品種は古代ギリシアから伝わり、南イタリアで広く栽培されています。
アリアニコと言えばバジリカータ州やカンパーニア州が有名です。この二つの産地とボッカ・ディ・ルポとの最も大きな違いは、「エレガンス」だとミケーレさんは力説されていました。
「その秘密は土壌にあります。バジリカータやカンパーニアは火山灰土壌で、力強いタンニンを持つパワフルなワインが特徴です。一方、ボッカ・ディ・ルポは石灰質土壌で、より丸みがあり深みのあるワインになります」とミケーレさん。
南イタリアらしい豊かな香りと、石灰質土壌によるエレガンス。この対照的な要素が調和した唯一無二のワインが、ボッカ・ディ・ルポなのです。
さらにミケーレさんは、「カンパーニアやバジリカータ、プーリアのアリアニコにはそれぞれ個性があり、優劣をつけるものではなく、多様性を楽しむべきです」とも話してくれました。トルマレスカはプーリアの多様性を表現するために設立されたワイナリーで、まさに「みんな違ってみんないい」という考えが貫かれているのです。
イタリアは複雑なテロワールと個性的な土着品種であふれています。プーリア州もそのひとつで、トルマレスカはその魅力を再発見し、世界へ届けているワイナリーなのです。
トルマレスカのワイン一覧
未来への礎を築く ~レ・モルテッレ~
お話を伺ったのは広報担当のバーバラ・フレディアネッリさん
【レ・モルテッレ】 創業:1999年 かつて果樹園だった土地を購入して設立したワイナリー 【プロフィール】 広報担当:バーバラ・フレディアネッリさん
海まで約8kmの近さ、潮風と山からの風が吹き、もともと湿地だった場所を干拓したというマレンマのテロワールの特性は、銘醸地として名高いフランスのボルドーやイタリア・ボルゲリによく似ています。
高品質なワインを造る可能性をこの地に見出したピエロ侯爵は、200haの果樹園をワイン用のブドウ畑に生まれ変わらせたのです。
ワインもワイナリーも伝統的なボッカ・ディ・ルポに比べると、レ・モルテッレは革新だらけのワイナリー。バーバラさんは「南マレンマは未来のボルゲリです」と語り、ピエロ侯爵の先見性を強調します。
最新設備を搭載したレ・モルテッレは、アンティノリにとって実験場とも言える場所です。例えばチリでのカルメネール栽培の成功をイタリアに持ち込み、その可能性を試しています。
そして彼らのフラッグシップワイン「ポッジョ・アッレ・ナーネ」からも、アンティノリが目指す未来が見えてきます。このフラッグシップは特にヨーロッパで人気が高く、6割以上が国内で、残りの大部分もヨーロッパで消費されてしまいます。そのため日本で見かけるのはかなり稀です。
使われる品種は、カベルネ・フランを主体に、カベルネ・ソーヴィニヨンとカルメネールのブレンド。
カベルネ・フランは現在ワイン界で注目を集めている品種です。数十年前は、ヘビーでパワフルなスタイルが世界的にトレンドでしたが、今ではアンティノリのみならず、イタリア全体でエレガントなスタイルが追求されています。その主役の一つとなるのが、果実味が濃厚になりすぎず、程良いフレッシュさを持つカベルネ・フランなのです。
ボッカ・ディ・ルポをはじめ、アンティノリ所有の各地のワイナリーでもこの品種が導入されていますが、その先頭に立つのがレ・モルテッレ。ここで培われたカベルネ・フランの知見は、イタリア全土に広がり、アンティノリの未来を形作る一端を担っています。
レ・モルテッレとポッジョ・アッレ・ナーネは、アンティノリの未来への布石とも言える存在なのです。
レ・モルテッレのワイン一覧
ここまで、アンティノリの「革新」を担うワイナリーについて紹介してきました。後編では、アンティノリの「伝統」を担うピエモンテの名手プルノットや、「伝統」と「革新」を巡って競い合うテヌータ・ティニャネロとグアド・アル・タッソのライバル関係と、それぞれの哲学についてご紹介します。
アンティノリのワイン一覧