世界各地で生まれるワインの魅力を、ワインディレクター・田邉公一氏が読み解く連載企画。
今回のテーマはオーストラリアワイン。力強いシラーズのイメージが根強いオーストラリアですが、近年は冷涼産地のピノ・ノワールや古樹のグルナッシュなど、多彩なスタイルが注目を集めています。
今回は今だからこそ知りたいオーストラリア赤ワインの魅力と現在地を探ります。
解説してくれるのは、田邉公一さん
J.S.A 認定ソムリエ 飲と食の様々な可能性を拡げていく活動をしています。 2003 年 J.S.A 認定ソムリエ資格取得 2007 年 ルイーズ・ポメリー ソムリエコンクール優勝 2018 年 SAKE DIPLOMA INTERNATIONAL 資格取得 著書『ワインを楽しむ 人気ソムリエが教えるワインセレクト法』(マイナビ出版)2023 年 12 月発売 2025年10月に新著 「THE STUDY OF WINE」 を出版 映画「シグナチャー 〜日本を世界の銘醸地に〜」にソムリエ役として出演 オリジナル日本酒「几鏡 by Koichi Tanabe」を2024年よりリリース X(旧 Twitter):@tanabe_duvin Instagram:@koichi_wine
目次
なぜ今オーストラリアワインに注目すべきなのか
「オーストラリアワイン」と聞いて、皆さんはどのようなワインを思い浮かべるでしょうか。
太陽をたっぷりと浴びた完熟したブドウ。ブラックベリーやプラムを思わせる豊かな果実味。そして、力強く凝縮感のあるシラーズ。
もちろん、それらは今もオーストラリアワインの大切な魅力です。しかし、現在のオーストラリアをそれだけで語ることは、もはやできません。
近年、私がさまざまなオーストラリアワインをテイスティングする中で強く感じているのは、「オーストラリアワイン」という一つのイメージでは括れないほど、そのスタイルが多様化していることです。
冷涼な産地から生まれる繊細なピノ・ノワールやシャルドネ、古樹の個性を生かしたグルナッシュ、かつての力強さを残しながらも洗練度を増したシラーズ。そして、全房発酵や野生酵母、アンフォラなどを取り入れ、人為的な介入をできるだけ抑えながら、土地の個性を表現しようとする造り手たち。
今、オーストラリアワインは非常に面白い時代を迎えています。
今回は、5本のワインを実際にテイスティングしながら、その現在地を探っていきたいと思います。
シラーズの国から多様性の国へ
オーストラリアを代表する黒ブドウ品種といえば、やはりシラーズです。
特に南オーストラリア州のバロッサ・ヴァレーは、世界を代表するシラーズの銘醸地。凝縮した黒系果実、スパイス、豊かなボディを備えたワインは、長年オーストラリアの象徴として世界中のワインラヴァーを魅了してきました。
その魅力を改めて実感させてくれるのが、ケーズラーの「ザ・ボーガン・シラーズ」です。
ケーズラーは1893年にその歴史をスタートさせたバロッサ・ヴァレーの名門。現在も非常に樹齢の高いブドウ樹を所有しており、ザ・ボーガンには1899年植樹の区画と1965年に植えられた区画のシラーズが用いられています。
外観は深みがあり、紫を帯びた濃いダークチェリーレッド。熟したプラムやカシスのコンポート、ブラックベリーを思わせる豊かな果実香に、ナツメグやクローヴ、チョコレートのニュアンスが重なります。
口に含むと豊潤な果実味が広がり、緻密なタンニン、シラーズらしいスパイスの風味、そしてしっかりとした骨格が感じられます。
しかし、単純に「豊潤でパワフル」という言葉だけでは表現しきれません。果実の成熟感の奥には、きめ細やかなタンニンと美しい酸とのバランスがあり、力強さと洗練が共存しています。
ここに、現代のバロッサ・シラーズが示す一つの方向性を見ることができます。
かつてオーストラリアワインの評価においては、「凝縮感」や「果実の熟度」が大きな価値として語られた時代がありました。しかし現在、多くの優れた生産者が重視しているのは、果実味の強さだけではありません。
酸、タンニン、アルコール、樽、そして何よりも畑そのものの個性。それぞれの要素をいかに調和させ、一つのワインとして表現するか。
オーストラリアを象徴してきたシラーズも、確実に進化しているのです。
冷涼産地が変えた、オーストラリアワインのイメージ
もう一つ、現在のオーストラリアを理解するうえで欠かせないキーワードが「冷涼産地」です。
広大なオーストラリア大陸には、温暖な地域だけでなく、海からの冷涼な影響を受ける場所や標高の高い場所も数多く存在します。
その代表格の一つが、ヴィクトリア州のヤラ・ヴァレーです。
メルボルンの東に位置するヤラ・ヴァレーは、オーストラリアの中でも比較的冷涼なワイン産地。標高や斜面の向き、土壌などによって細かなミクロクリマが生まれ、ピノ・ノワール、シャルドネ、カベルネ・ソーヴィニヨン、シラーズなど、多彩な品種から高品質なワインが造られています。
中でも、現在のヤラ・ヴァレーの魅力を非常に分かりやすく伝えてくれるのが、ジャイアント・ステップスの「ヤラ・ヴァレー ピノ・ノワール」です。
ジャイアント・ステップスでは、ヤラ・ヴァレー内の複数のエリアから得られたブドウを用い、この土地ならではの個性を表現しています。
このワインから感じられるのは、「オーストラリア=濃厚」という先入観とは対照的な世界です。
外観は艶があり、縁にやや明るさを感じるラズベリーレッド。レッドチェリーやラズベリー、レッドプラムを思わせるピュアな果実のアロマに、ゼラニウムや牡丹の花、ほのかに紅茶やシナモンを思わせるニュアンスが重なります。
味わいは、まろやかな果実の甘味と生き生きとした酸味とのバランスが見事で、シルキーなテクスチャーが心地よく余韻へと続いていきます。そこには、冷涼産地ならではの透明感が存在します。
興味深いのは、こうしたスタイルを単純に「ブルゴーニュ的」と表現する必要がないことです。
ピノ・ノワールの世界では、ブルゴーニュが一つの大きな基準になります。しかし現在の優れたオーストラリアの造り手たちは、ブルゴーニュを模倣するのではなく、自分たちの土地でピノ・ノワールがどのように表現されるべきなのかを追求しています。
その結果として生まれる、ピュアな果実味と伸びやかな酸、そして「親しみやすさと緻密さの共存」。
これは、現代オーストラリアの大きな魅力の一つだと感じます。
ヤラ・ヴァレー ピノ・ノワール
赤
エレガント&クラシック
冷涼なテロワールの個性を表現する、「ブルゴーニュの強力なライバル」。ブルゴーニュの良質なピノ・ノワールに匹敵する1本。 詳細を見る
4.2
(14件)2024年
6,600 円
(税込)
2023年
6,600 円
(税込)
JS 92
ヤラ・ヴァレーはピノ・ノワールだけではない
ヤラ・ヴァレーの面白さは、ピノ・ノワールやシャルドネだけではありません。この地には、非常に優れたカベルネ・ソーヴィニヨンの歴史があります。
その象徴ともいえる存在が、ヤラ・イエリングです。1969年、創設者のベイリー・カラドス博士によってブドウ畑が開かれたヤラ・イエリングは、現在のヤラ・ヴァレーを語るうえで欠かすことのできない生産者です。
今回ご紹介する「ドライ・レッド・ワイン・ナンバー1」は、カベルネ・ソーヴィニヨンを主体に、メルロ、マルベック、プティ・ヴェルドをブレンドしたワイン。「No.1」という名前は、最初にカベルネ・ソーヴィニヨンが植えられたBlock No.1に由来します。
こちらもまた、単なる「ボルドーの模倣」ではありません。
外観は深みのある、濃いダークチェリーレッド。香りの第一印象には豊かな複雑性があり、カシスやブラックベリーを思わせる凝縮した黒系果実のアロマを中心に、杉やシダを思わせる森のニュアンス、スミレの花、ナツメグやリコリスの香りが幾重にも重なります。
味わいのアタックはなめらか。凝縮した果実の風味に、しっかりとしていながらも緻密でバランスの取れたタンニン、しなやかな酸味が調和し、ワイン全体に美しい輪郭を与えています。
香りと味わいの双方に深みがあり、静かなエネルギーを内包しているようなスタイル。現在でも十分に魅力的ですが、その構成からはさらなる熟成のポテンシャルも感じられます。
オーストラリアのカベルネ・ソーヴィニヨンというと、西オーストラリア州のマーガレット・リヴァーや、南オーストラリア州のクナワラを思い浮かべる方も多いでしょう。しかし、ヤラ・ヴァレーのカベルネ・ソーヴィニヨン主体のワインが見せる香り高さや繊細さ、そして優雅なストラクチャーも、ぜひ知っていただきたい魅力の一つです。
今、グルナッシュと「古樹」に注目したい
現在のオーストラリアで、個人的に特に注目したい品種の一つがグルナッシュです。
グルナッシュは、決して新しくオーストラリアへ導入された品種ではありません。むしろ19世紀から栽培されてきた、この国のワインの歴史を語るうえで重要な品種の一つです。
特にバロッサ・ヴァレーやマクラーレン・ヴェールには、19世紀から植えられ、現在も実を結び続けている非常に古い畑が残されています。
かつては酒精強化ワインやブレンドの一部として用いられることも多かったグルナッシュですが、現在、その価値は大きく見直されています。
その理由の一つが「古樹」です。長い年月をその土地で生きてきた古樹は、一般的に収量が少なくなる傾向があり、畑の環境に適応しながら形成された根系などを背景に、その土地ならではの個性や複雑性を表現する存在として、多くの造り手から大切にされています。
ヤンガラ・エステート・ヴィンヤードの「オールド・ヴァイン・グルナッシュ」は、まさにその魅力を体現する1本でしょう。
こちらは、マクラーレン・ヴェールのブリューイット・スプリングスに1946年に植えられた、灌漑を行わないブッシュ・ヴァインのグルナッシュから生まれた赤ワインです。
外観は紫の色調を帯びた明るいラズベリーレッド。熟したレッドチェリーやラズベリー、ブルーベリー、ザクロなどの果実香に、牡丹やドライハーブ、シナモン、リコリス、オレンジピールなどのアロマが複雑に重なります。
味わいはまろやかで豊潤。緻密なタンニンとなめらかな酸味が調和し、ピュアな果実味とともに、奥行きのある風味が広がっていきます。
ここで注目したいのが、現代オーストラリアのグルナッシュが、必ずしも「濃厚なワイン」を目指していないということです。
新樽の香りや過度な抽出で果実を覆うのではなく、古樹から得られる複雑性、赤系果実を思わせるピュアな香り、なめらかな酸味、そして緻密で繊細なタンニンを生かしていく。
そこには、グルナッシュという品種が持つ魅力が最大限に引き出されています。
「温暖な産地から生まれるエレガントな赤ワイン」。
そんな新たな価値観を、現在のオーストラリアは提示しているのです。
オールド・ヴァイン・グルナッシュ
赤
エレガント&クラシック
オーストラリア産グルナッシュを世界の舞台に押し上げたスター生産者。樹齢約80年のブドウを用いた古樹由来の凝縮感を備えたグルナッシュ。 詳細を見る
4.3
(8件)2023年
6,050 円
(税込)
JS 95
ナチュラルなアプローチと、造り手の個性
そして、現在のオーストラリアを語るうえでもう一つ興味深いのが、自由な発想から生まれるワイン造りです。
オーストラリアには、ヨーロッパの伝統的な産地と比較すると、品種や醸造方法に対する発想の自由度があります。その自由さを象徴する造り手の一人が、ヤラ・ヴァレーのティモ・メイヤーでしょう。
「メイヤー・クローズ・プランテッド・ピノ・ノワール」は、高密植された畑のピノ・ノワールから造られます。
メイヤーのワイン造りで印象的なのは、全房発酵という伝統的な技法を積極的に取り入れながら、人為的な介入をできるだけ抑え、畑とブドウの個性をストレートに表現しようとする姿勢です。
外観は、ほのかに靄がかった、やや明るめのラズベリーレッド。イチゴやラズベリーなどのピュアな赤系果実の香りに、シナモンやナツメグ、紅茶のニュアンス、さらにローリエなどを思わせる植物的な香りや、土を連想させるアロマも感じられます。
口に含むと、ベリーフルーツの自然でジューシーな味わいが広がり、シルキーなタンニンと伸びやかな酸味が美しく調和。豊かな果実の風味が心地よい余韻へと続いていきます。
非常に端正でクラシックなワインが存在する一方で、こうした個性的なワインも同じヤラ・ヴァレーから生まれている。この振り幅の大きさ、多様性こそ、今のオーストラリアの面白さです。
「ナチュラルワイン」という言葉だけで括るよりも、重要なのは、醸造技術そのものを目的にするのではなく、それぞれの造り手が自分の畑をどのように解釈し、それをワインとしてどう表現するのかということではないでしょうか。
フランスでもイタリアでもない、オーストラリアだからできること
世界のワインを知れば知るほど、私たちは無意識のうちに基準となる産地を持つようになります。ピノ・ノワールならブルゴーニュ、カベルネ・ソーヴィニヨンならボルドー、サンジョヴェーゼならトスカーナ。
もちろん、偉大な伝統産地から学ぶことは数多くあります。
しかし、現在のオーストラリアワインを飲んでいると、「どこかに似ているか」という視点だけでは、その本当の魅力を捉えきれないと感じます。
オーストラリアには、古いものと新しいものが同時に存在しています。
19世紀から残る古樹がある一方で、造り手たちは新しい品種や醸造方法にも積極的です。クラシックなバロッサ・シラーズがある一方、ヤラ・ヴァレーでは繊細なピノ・ノワールや優れたカベルネ・ソーヴィニヨン主体のワインが造られ、マクラーレン・ヴェールでは古樹のグルナッシュが新たな輝きを放っています。
伝統を尊重しながらも、それに縛られ過ぎない。この自由さは、フランスやイタリアとはまた異なる、オーストラリアならではの大きな魅力だと思います。
そして、その自由さが決して「何でもあり」という方向へ向かっているのではなく、近年はむしろ、畑、土壌、標高、樹齢、クローンといった、より細かなテロワールへの意識へと向かっている点も非常に興味深いところです。
品種の個性を表現する時代から、その品種が「どこで、どのように育ったのか」を表現する時代へ。
オーストラリアワインは今、さらに一段深いステージへと進みつつあるように感じています。
いま飲むからこそ見えてくる、新しいオーストラリア
今回ご紹介した5本だけを見ても、現在のオーストラリアの赤ワインが持つ幅広さがよく分かります。
ケーズラーの「ザ・ボーガン・シラーズ」が伝える、バロッサ・ヴァレーの歴史と古樹、そしてシラーズの力強さと洗練。
ヤンガラの「オールド・ヴァイン・グルナッシュ」が見せる、温暖産地だからこそ生まれる豊潤さと繊細さ。
ジャイアント・ステップスの「ヤラ・ヴァレー ピノ・ノワール」に感じる、冷涼産地ならではの透明感。
ヤラ・イエリングの「ドライ・レッド・ワイン・ナンバー1」が証明する、ヤラ・ヴァレーにおけるボルドー系品種の可能性。
そして、メイヤーの「クローズ・プランテッド・ピノ・ノワール」が表現する、造り手の哲学と自由な発想。
この5本は、スタイルこそ大きく異なりますが、共通しているものがあります。それは、「オーストラリアらしさ」を一つの型にはめようとしていないことです。
かつて私たちが抱いていた「オーストラリア=力強いシラーズ」というイメージは、決して間違いではありません。ただ、そのイメージの先に、さらに広く、深く、刺激的な世界が広がっています。
果実の力強さから、フィネスへ。品種の個性から、畑の個性へ。そして、一つのスタイルから、多様なスタイルへ。
もちろん、オーストラリアワインが単純に変化したわけではありません。
力強いシラーズも、エレガントなピノ・ノワールも、古樹のグルナッシュも、自由な発想から生まれるワインも、そのすべてが同時に存在しています。
むしろ、その多様なスタイルを受け入れる懐の深さこそが、現在のオーストラリアワインの最大の魅力なのかもしれません。
今のオーストラリアワインを飲む楽しさは、一杯のグラスの中に、そんな変化と多様性を発見できることにあります。
もし最近オーストラリアワインを飲んでいないという方がいらっしゃれば、ぜひ改めて手に取ってみてください。きっとそこには、これまで抱いていたイメージとは違う、新しいオーストラリアとの出会いが待っているはずです。
オーストラリアワインの一覧