文学ワイン会「本の音 夜話(ほんのね やわ)」シーズン2 第5回ゲストに小説家・柚木麻子さん登場!
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日本文学界の最前線にいる小説家の方々にご出演いただき、 文学とワインを同時に楽しむイベント「本の音 夜話(ほんのねやわ)」。2014年~2020年までの6年間、計17回にわたってワインショップ・エノテカ 銀座店 カフェ&バー エノテカ・ミレにて開催、その後、コロナにより3年間休止状態にありましたが、一昨年よりシーズン2として再開することになりました。
シーズン2、第5回目のゲストとしてご出演いただいたのが、小説家の柚木麻子さん。『ランチのアッコちゃん』、『ナイルパーチの女子会』など数々の話題作を生み出し、近年は『BUTTER』が世界各国で翻訳されるなど、国内外から高い評価を集めていらっしゃいます。
実はワインが大好きだという柚木さん。乾杯とともに始まった会は、柚木さんの楽しいトークで笑いと熱気に包まれ、大盛り上がりに…!会場は終始和やかな雰囲気に包まれながら、柚木さんの率直な語りに参加者は熱心に耳を傾けていました。
ナビゲーターは、ライター・山内宏泰さんです。
『BUTTER』にちなんで選んだワイン
イベントで最初に提供した白ワインは、映画監督フランシス・フォード・コッポラ氏が手がける「ディレクターズ・カット・ソノマ・コースト・シャルドネ」。ご著書『BUTTER』にちなみ、バターやバニラを思わせるニュアンスを持つワインとしてセレクトしました。ワインを味わい、テイスティングコメントを披露された柚木さん。「香りが非常に丸くて、フワッとしていて、当たりがとても柔らかく、まろやかですね」とコメント。コッポラ監督のシャルドネをとても気に入っていただけたようです。
続いて提供した赤ワインは、「マルケーゼ・アンティノリ・キャンティ・クラシコ・リゼルヴァ」。実は柚木さんの短編小説『エルゴと不倫鮨』にアンティノリの「ティニャネロ」が登場することから選んだ1本です。 こちらについて柚木さんは、「森の中のような渋みがあり、飲んだ時の満足感がすごくあります」と語っていただきました。
短編小説『エルゴと不倫鮨』では「ティニャネロ」が登場するだけでなく、アンティノリの三姉妹がアンティノリ家の600年の歴史のなかで、現在初めて女性として経営の中心に立っていることが描かれています。物語のひとつの伏線にもなっていますが、柚木さんがアンティノリのワインを飲まれるのは、実は今日が初めてだったとのことです。
山内さんに促され、味わいを言語化していただいた柚木さん。「食べ物の描写を書くときの味覚の言語化と、ワインのテイスティングは似ていますか?」という質問に対して、「同じだと思います!」と即答されていたのが印象的でした。
どちらも、自分が感じたことを言葉にする作業となることから、一見まったく異なるようではありますが、柚木さんが言われるように、実はとても似ているのかもしれません。
食の描写の原点は、80年代のグルメカルチャー
柚木さんの作品といえば、印象的な食の描写も大きな魅力です。
その原点について尋ねられると、食への興味が小さい頃から人一倍強かったことと、そして1980年代のグルメカルチャーの影響を強く受けたことを振り返られました。
「『美味しんぼ』をアニメで小学生のときに観ました。そのなかで海原雄山が、「シャブリと牡蠣を合わせるな!」ってすごく怒っていたんですよ(会場笑) そんなことでこんなに怒る?って思いまして」
当時はその理由がよくわからなかったものの、ワインや食の知識が人を熱くさせる世界があることに強い印象を受けたそうです。
「80年代はありとあらゆるグルメカルチャーがすごかった。テレビでも食べものの番組がたくさんあって、私はそれを全部観て育ったんです。そこでワインの知識っていうのは、人をやっつけられる武器になるのだな、と子どもながらにインプットされました」
加えて、子どもの頃に読んでいた児童小説がほぼ海外作品で、食べたことがないものが多く、空想の余地があったそうです。その例として挙げたのが、『若草物語』でした。
マーチ家の四女エイミーが、学校で流行っていた「ライムの塩漬け」をほしがる場面があります。どんな食べものかまったく想像できなかったそうですが、印象に残っていたのは味そのものではなく、それに夢中になるエイミーたちの姿でした。学校ではライムの塩漬けが流行し、子どもたちの間で一種の通貨のような役割を果たしている。おいしいからほしいというよりも、それがコミュニティの中で価値を持っているからこそ、みんなが夢中になっている。その構造が強く記憶に残っているといいます。
何十年も経った今でも思い出すのは、その食べものの味ではなく、「ライムの塩漬けとは何だったのだろう」と想像をかき立てられた記憶そのもの。
幼い頃に本の中で出会った未知の食べものや風景への好奇心が、長い時間を経てもなお心に残り続ける――。そんな読書体験が、柚木さんの創作の原点のひとつになっていることが伺えました。
『BUTTER』が世界で読まれる理由
話題は世界的ベストセラーとなった『BUTTER』へ。『BUTTER』がとりわけ爆発的な人気となっている理由についてどう思われていますでしょうか。
「日本で人気になった理由は、本当に身も蓋もないんですが、イギリスでヒットしたから、皆面白がって読んでいるんだと思います。イギリスで人気の理由は、私の言動を含めて、『BUTTER』がとても皮肉だから。イギリス人は皮肉が大好きなんですね。私が普通に話しているだけでも、“麻子は本当に皮肉が効いている”と言われたりします。私が意地悪く社会を見ていて、勇気があって、皮肉が効いていて、社会を見る目が尖っているのがいい、と思っている。これは逆に、日本だと全部けなし言葉になりますが…。
加えて、日本は白人社会が評価したものを決して拒否できません。メディアではイギリスでの反響が強調されますが、本当はイギリスだけでなく、アジアでも、中国やインドでも売れているということも声を大にして言いたいです。インドでは象が出てくるくらい、大人気でした(会場笑)」
世界37ヵ国で翻訳されている『BUTTER』。海外での反響について柚木さんは、国によって受け止められ方が異なることをお話しいただきました。国によって訳が違うだけでなく、どこを大事にするかも違うそうです。
「アジア圏では、バターはおいしくて価値がある魅力的な食べものですが、この認識は国によってまったく違っています。フランスだとバターは当たり前すぎて、面白くもなんともないタイトルだから、フランス語版の表紙はラーメンを食べている女性なんですよ。ラーメンの方がむしろ魅力があるんですね。スペインだと、バターが全然人気がなくて、むしろ新鮮なオリーブオイルでパンを食べる方がおいしいという価値観だから、バターはタイトルにすらならなかったです。たしか“暴食”みたいなタイトルです(えーっと会場湧く) 」
イギリスでは作品に込められた皮肉や社会を見る視点が評価された一方で、アジア圏の方が痩身願望や、大衆文化的に成熟した女性よりも未成熟な女性を好む傾向、家父長制など、自分たちの物語として理解度が深い、と感じているそうです。
文学もワインにもある、“答え合わせ”
イベントを通じて柚木さんから何度か語られたのは、“答え合わせ”という言葉でした。
「小さい頃、海外の児童文学をたくさん読んでいました。その“答え合わせ”のために、今、生きている、と思っています。
100回ぐらい読んだ大好きな小説、リンドグレーンの『やかまし村の子どもたち』のなかで、スウェーデンの村の子どもたちがザリガニを釣って食べるシーンがあります。そのとき私は小学3年生ぐらいでしたが、教室のうしろにいるすごい匂いのするあれを食べるの?!と衝撃で。大人になって食べる機会がありましたが、ザリガニは川のカニみたいなもので、すごくおいしくて、臭くもない。そのときこれが、『やかまし村の子どもたち』が食べていたものなんだ…!と知ることができました。食って“答え合わせ”だし、小説もそうだと思います。今わからないけど、何かの拍子に雷に打たれたようにわかることってありますよね」
それはワインもそうですよね、と柚木さん。
「アンティノリの三姉妹のワインを飲んでないのに小説を書いてしまいましたが、今日こうして彼女たちのワインを飲むことができました。いますぐわからなくてもいいんじゃないかなって思います」
物事をすぐに理解しようとしたり、答えを求めたりするのではなく、「気になる」という気持ちを持ち続けること。その大切さが伝わる言葉でした。
柚木さんが考える『名作』とは
イベントの最後、柚木さんは小説を書くときに大切にしていることについてこう語りました。
「本を読み終わった後に、家の外に出てもらえるといいなと思ってずっと書いています。しばらく会ってない人に連絡してみようかなとか、ちょっと外に食べに行こうかなとか、思ってもらえるといいなと思って書いています。だからこそ、私は正解をあまり出さないようにしています。正解を全部書いてしまうのではなく、書ききらないようにすることが大事だと思っています。
私は、行動が変わることが、『名作』の条件だと思っています。ホラー映画でも、あまり怖くないと生活は変わらないですよね、でも本当によくできたホラーだとトイレに行くのですら怖くなったりする。それと同様に、何かしら行動が変わるのが『名作』だと思っています」
朝日新聞の連載小説『あおぞら』が先月終了したばかりで、現在、来年の単行本化に向けて準備中の柚木さん。また、今年9月上旬には音楽雑誌『CDジャーナル』で柚木麻子さん、朝井リョウさん、でか美ちゃんによる人気連載が書籍化されます。加えて、女性で初めて幇間(ほうかん:宴席で客の機嫌を取り、自ら芸を披露して座敷を盛り上げる男性の職業のこと)となった人物を主人公に、“友情はお金で買えるか”をテーマとした新しい小説を準備中とのことで、これからの楽しみも盛りだくさんです。
経験を重ねるなかで少しずつ理解が深まり、ある日ふと、「ああ、こういうことだったのか」と気づく瞬間。柚木さんが語られたように、文学もワインも、すぐに答えを求めるものではなく、人生とともにゆっくり味わいが深まっていくものなのかもしれません。
ワインが大好きな柚木さんのおかげで文学とワイン、それぞれが持つ奥深い魅力を改めて感じるひとときとなりました。
イベント開催日:2026年7月4日
当日、ご提供したワイン
ディレクターズ・カット ソノマ・コースト シャルドネ
白
リッチ&コンプレックス
映画界の巨匠が造り出す、日々を豊かに彩るカリフォルニアワイン。バニラやパイナップル、バターのニュアンスが魅力の、洗練されたスタイル。 詳細を見る
5.0
(3件)2023年
5,610 円
(税込)