今、ワインの世界では、オーガニック、ビオディナミ、非介入主義など、ナチュラルなワイン造りを取り入れる生産者が増えています。ナチュラルワインのムーブメントもその一部。今年5月には、パリ、コペンハーゲン、ニューヨークなど世界各国で開催されてきたナチュラルワインのイベント「RAW WINE」が日本で2度目の開催となり、大きな話題を呼びました。
一方で「ナチュラルワインはよくわからない」という方も多いのではないでしょうか。ナチュラルワインといっても、その定義は解釈する人によって様々。本号では、ワイン業界の第一線で活躍する方々に、そのムーブメントや魅力について語っていただきました。ナチュラルに向かいつつあるワインの〝今〟を紐解いていきましょう。
目次
ナチュラルワインはどう造る?ナチュラルなワイン造りとは?
ナチュラルなワイン造りとはいったいどのようなものがあるのでしょうか?ここではその代表的なアプローチをご紹介します。
オーガニック
有機農法、ビオロジックとも言われ、化学的に合成された肥料や除草剤、殺菌剤、 殺虫剤、防カビ剤などの農薬を使用せず、自然に近い環境下で行う栽培を意味します。
オーガニックでは、ブドウの栽培に非常に手間がかかる上に、気候条件等により年によっては不作で供給が安定しないため、生産者の力量が試される栽培方法でもあります。
ビオディナミ
オーガニックに加え、天体の運行に合わせて自然物質を使った特別な調剤を使用し、自然の潜在能力を引き出す農法のことを意味します。
「すべての生命は、地球上で完結しているのではなく、地球を含む宇宙の営みからも影響を受け、調和しながら生きている」という考えから、地球や宇宙の大きなパワーを取り入れ土地や植物の活力を最大限に引き出すため、月、惑星、星座の位置が記された「ビオディナミカレンダー」にのっとったワイン造りを行います。このカレンダーには、ブドウの種蒔きや収穫、瓶詰の時期、さらにはワイン熟成用に使う樽のオーク材の伐採日などまでもが細かく記されています。
亜硫酸の無添加もしくは少量の使用
亜硫酸(亜硫酸塩)は、二酸化硫黄(SO2)の水溶液や塩の形で、ワインの酸化防止剤として広く使用されていることに加え、不潔な香りを生み出す悪玉酵母や雑菌の繁殖を防ぐ殺菌作用を目的にワインに添加されます。
亜硫酸は、過度な使用でワインのテクスチャーや果実味がなくなるリスクが高まり、脱色作用からワインの色合いなどに影響を与えると言われています。そのため、亜硫酸の添加量を減らしながら安定したワインを造るためには醸造家の高い技術力が必要です。
野生酵母の使用
ワインはブドウ果汁が酵母(菌)の働きによって発酵することでできます。発酵の元となる酵母は、ブドウ畑やブドウの果皮、醸造所に自然に存在しています。安定したワイン製造を可能にする培養酵母に対し、野生酵母はテロワールをより表現することができるといわれています。
過度なろ過・清澄をしない
ろ過・清澄は、圧搾後、そして瓶詰前にワインに残った微細な浮遊物を取り除く作業のことを指します。
ろ過・清澄をすることで、透明度が高まり、浮遊物を取り除くことで味わいや香りが安定する、劣化を防ぐといったメリットがあります。一方で、ワインに含まれる天然成分も除かれてしまうことがあるため、人の手を極力加えない非介入主義のワイン造りではろ過・清澄をしない、もしくは極力減らすといった選択する生産者がほとんどです。
エノテカが考えるナチュラルワインの基準とは?
エノテカでは、4つのポイントを満たした生産者のワインだけをナチュラルワインとしてご紹介します。
“ナチュラルワイン”という呼称は、単純に製法・分類としての意味合いだけでなく、生産者の哲学(意思表明)や、マーケティング的な意味合いを含んでいます。ナチュラルワインとしてご紹介していないワインでも、製法は同様にナチュラルというワインも多数あります。これらを区別することは難しいですが、生産者の哲学をリスペクトし、お客様の誤解を避けるために、このような定義を設けました。
すべてのワイン生産者は、ブドウ栽培、醸造の中で無数の選択肢の中から最良の一手を選び取りながら、どうやったらより美味しいワインを生み出せるか、日々試行錯誤しています。どちらが優れている、という訳ではなく、生産者によって異なる製法や哲学といった背景も、ワイン選びの参考にしていただければと思います。
1.オーガニックまたはビオディナミを実践
ブドウ栽培において、オーガニックもしくはビオディナミを実践していること。
2. 醸造において可能な限り非介入であること
醸造において、可能な限り人の手を加えず、野生酵母の使用、亜硫酸の添加量を最小限に抑えている、過度な清澄やろ過を行っていないこと。
3.品質条件を満たしている
社内テイスティング(官能検査)により、ワインにネガティブな要素がなく、自社基準(ブドウ本来の美味しさや土地の個性を表現した、上質かつピュアな味わい)を満たしていること。
4.一貫した哲学があること
一部でなくすべてのワインに一貫して、自然なブドウ栽培・醸造を徹底。ナチュラルなワイン造りを重要な哲学として掲げており、当社がナチュラルワイン生産者として紹介する必要があると判断した場合。
おすすめナチュラルワイン4選
2023年
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ナチュラルワインの第一人者イザベル・レジュロンMWに聞く「世界で広がるナチュラルワインの今」
フランスで初めて女性のマスター・オブ・ワイン(世界最難関のワイン資格保持者)となり、レジオン・ドヌール勲章を受章。ナチュラルワインの普及に尽力し、ナチュラルワインのコミュニティRAW WINEを主催。 著書『自然派ワイン入門』(エクスナレッジ)
―ナチュラルワインの定義を教えてください。
「ナチュラルワインの正式な定義はありません。
何千年もの間、ワインは自然な形で造られてきました。ブドウ畑では化学合成成分を含んだ除草剤や殺菌剤、殺虫剤を使わずに自然に栽培され、セラーではワインに微生物を加えたり取り除いたりすることはなく自然に造られてきたのです。ですから、ナチュラルワインとは、そうした原点回帰のワイン造りのムーブメントで、一般的にはオーガニックまたはビオディナミのブドウを使用し、セラーでの介入を一切行わない(または少ない)ワインのことを意味します。
ナチュラルワインの定義で難しい点は、低介入(ローインターベーション)の定義です。醸造において、どの程度人の手を加えるのか?そこにナチュラルワインの解釈の違いが発生すると思います。私にとっては、出来上がったワインが生きていることがすべてです。ナチュラルワインには畑やセラーからボトルに移された微生物がいっぱいです。だからこそ、土壌と真に結びついたブドウの樹から収穫された健康で生き生きとしたブドウは、ナチュラルワインを定義する最も基本的な要素だと言えます。私にとって、瓶詰め時にごく低レベルの亜硫酸を添加するような介入は、ワインの中の微生物にあまり影響を与えないのでOKと判断しています。時には小さな介入がより良い品質になるはずです。
偉大なナチュラルワインを造るのは、決して簡単なことではありません。実際、偉大なナチュラルワインを生み出すためには、確かな観察力を持たなければならず、ワインが出来上がる過程で何が見え、出来上がったワインがどのような味わいになるのかを想像しながら決断を下す必要があるからです。
結局のところ、偉大なブドウが偉大なワインを生み出すということで、そこに人の手を加える必要ないと思っています。」
―ナチュラルワインはなぜ流行しているのでしょうか?
「ナチュラルワインの人気の高まりは、特に若い世代のトレンドを踏まえています。彼らは私たちよりもずっと、健康や自分たちの選ぶ商品の背景や品質に気を配っています。
ナチュラルワインの生産者の哲学には、環境に配慮した価値観が反映されています。ほとんどのナチュラルワインの生産者は、職人です。彼らは土地を尊重し、動物を大切にし、働く人々やワインを飲む人々を大切にしています。こうした価値観は、今日より多くの人々の共感を呼んでいます。その中でも特に若い世代は地球へのストレスを強く意識していて、環境に優しい小規模生産を支持する傾向にあると思っています。
さらに、人々は本当に美味しいものを評価するようになりました。例えば、私は日本の味噌が大好きなんですが、素晴らしい大豆から作られ、素晴らしい発酵を経た味噌を使った味噌汁は口にした瞬間に美味しいものだとわかります。私たちは、本物の味を求めているのです。
これらの要素から、世界中でナチュラルワインへの関心が高まっているのだと思います。」
―ナチュラルワインとアンナチュラルワインの違いはどこにありますか?
「ナチュラルワインとアンナチュラルワインの違いは、生産者の哲学、そしてその哲学から生まれるワインの味わいにあります。
ワインは何千年もの間、自然に栽培され、自然に生産されてきました。もともとワインはすべてナチュラルワインだったんです。ですから、世界的に名前の知れた著名な生産者の中には、ナチュラルワインとして売っていないとしてもナチュラルなワイン造りをごく普通のこととして行っている生産者もいます。彼らのワインも分類としてはナチュラルワインです。彼らは、単に、ブドウ畑やセラーにおける新しい技術の出現に伴い、生産方法を決して変えなかった生産者なのです。」
―原点回帰が進むワイン造りについてイザベルさんの考えを教えてください。
「個人的には、原点回帰のワイン造りは大変喜ばしいことです。ナチュラルワインの流行は、既存の栽培や醸造を見つめなおす機会を与えてくれたと思っています。
実際、大手のワイナリーで、原点回帰のワイン造りへの切り替えや取り組みが始まっています。私の個人的な夢は、世界中のブドウ畑が少なくともオーガニックで耕作されるようになることなので、ナチュラルワインのトレンドに関心が集まり、業界全体がより良い栽培を行うようになることは、非常に心強いです。
ナチュラルワイン(ナチュラルワイン、低干渉の醸造、オーガニック/ビオディナミで栽培されたブドウを使用したワインを含む)が世界のワイン市場に占める割合はごくわずかで、おそらく世界生産量の0.1%に過ぎません。ですが、「ナチュラルワイン」という言葉は乱用される可能性が高いとも思っています。素晴らしいワインを造っている生産者や、自分たちの仕事について効果的に伝えるためにナチュラルワインという言葉を使っている生産者にとっては非常に不利な状況になっています。
ナチュラルワインの曖昧な定義がそのような状況を生み出しているからこそ、ナチュラルワインを売る側の私たちには正確な情報を広める義務があると思っています。」
―ナチュラルワインをどのように捉え、楽しむのがおすすめですか?
「ワインを食べ物として考えることが重要だと思います。ワインの味わいは、ワインが生まれた環境に起因しています。私は、ワインが生きていれば生きているほど、より複雑な味わいが可能になると思っているので、ナチュラルワインこそ複雑な味わいのワインと言えると思っています。
ワインは約8000年前から存在していますが、亜硫酸が飲料製造に使用され始めたのは20世紀初頭、ナチュラルワインを語る上では紛らわしい名前ですが、「緑の革命(農薬、除草剤、殺菌剤の導入)」が起こったのは20世紀半ば、ワイン醸造用酵母が市販されるようになったのは1970年代のこと。これらはすべて、ワイン史の中でもかなり最近の出来事です。そして今、ナチュラルワインの流行によって、私たちはようやく、それらの必要性と使用の結果について疑問を呈し始めたと思っています。
ナチュラルワインは豊かなテクスチャーを持ち、濁っていることもあり、予想外の風味を特徴とすることもあります。ナチュラルワインは生きた飲み物であり、顕微鏡で見れば微生物でいっぱいです。ボトルの中の小さな宇宙のように、そして宇宙と同じように、ナチュラルワインは生物が生命にもたらす豊かさと多様性に満ちています。
飲み手として、新しいボトルを開けるたびに発見のスリルを味わえるのは、ナチュラルワインの魅力のひとつ。ナチュラルワインは、時間と場所を超えて、特定の年の特定の土地の生きた表現ではないでしょうか。そしてそれこそが真のテロワールであり、味覚の冒険だと思います。ナチュラルワインは美しさに溢れています。」
アントワーヌ・ペトリュス氏が語る「テロワールと本物志向に根ざした ムーブメント」
フランス国家最優秀職人章(MOF)をソムリエとメートル・ドテルの2部門において受章。MOF ‘Service & Arts de la Table’ 代表。元「タイユヴァン」(パリ・ロンドン・東京)のゼネラルマネージャー、「レ・カーヴ・ド・タイユヴァン 日本橋」の創設パートナー。
ナチュラルワインはルールに従わない、 ルーツに従う
「20年前は(濁った)色や揮発酸などで、飲んだらすぐにナチュラルワインだと分かりましたが、今の生産者の多くはそれをコントロールできるため一見ナチュラルワインだと思わないかもしれないでしょう。例えばDRCやラヤスといった高名なワインも造り自体はナチュラルですが、ナチュラルワインと謳ってはいません。プロモーションをしているかどうか、という違いかもしれません。このように造りとしてのナチュラルワインと、マーケットの中のナチュラルワインは一致していないところに難しさがあります。私自身、ナチュラルと謳っていないけれどナチュラルな造りのワインを20%ほど、ナチュラルワインを1.5%~2%ほどセラーに所有しています。
いずれにしても、ハイクオリティなナチュラルワインは寿司に例えることができます。調理しすぎたりするのではなく、シンプルかつミニマルな造りをすることで、素材そのものの明確な香りを引き出すことができる。
ナチュラルワインとはオーセンティック(本物)であるテロワールやブドウの本質が表現されているワインと言えます。」
自然は流行ではない、伝統である
「18~19世紀は、化学物質を使用しない伝統的で自然な栽培・醸造プロセスに基づいたワイン造りが行われていました。
その後産業革命後及び第二次世界大戦以降、化学肥料が登場し、人工酵母の導入や化学的添加物の使用が拡大し、工業的で画一的な味わいのワインが造られるようになりました。80年代以降、マルセル・ラピエール氏らが工業的ワインへの反発と伝統への回帰を訴え、ナチュラルワインのパイオニアとしてムーブメントを牽引。ナチュラルワインは現在に至ります。
最も重要なことは、ナチュラルワインは単なるトレンドではないということ。18世紀終わりから19世紀初めにかけて農薬を使っていなかったことからも、ナチュラルワインは伝統への回帰だと捉えることができます。」
ナチュラルワインは毎回がサプライズ、それが魅力
「大切なのは欠点のない完璧さではなく、欠点も含めた本質的でありのままの個性があるということ。ファンキーでワイルドなものからフレッシュでクリーンな香りまで、様々なテクスチャー、濃さ、味わいがあり、これらは一種の真実です。私たちは文化や話し方、服装など、多様な異なる個性を持つ人との出逢いにワクワクするように、多様な個性を持つナチュラルワインの味わいに期待することができます。
ナチュラルワインは固定概念にとらわれずにオープンマインドでテイスティングすることが大切です。亜硫酸量が少なく安定していないため、グラスの中で目まぐるしく変化するのも一つの楽しみ方。伝統的なワインのテイスティングでは感じない驚きを感じることもできます。」
大越基裕ソムリエも太鼓判を押す「ナチュラルワインの魅力=“今”の料理に合う味わい」
ワインテイスター/ソムリエ。ワインのみならず日本酒にも精通し、ワインスクール講師、レストラン向けワインセレクター、企業向けドリンクアドバイザーとしても活躍中。
口あたりや食感が柔らかい
「ナチュラルワインはワインの味わいを引き締め、ストラクチャーをつくる亜硫酸の使用量が低い傾向にあります。そのため、相対的に柔らかな印象で「体にしみいるような美味しさ」「飲みやすさ」につながっています。また、清澄やろ過をしないことで、濁りの一部であるタンパク質がナチュラルワインの食感の柔らかさにもつながっています。」
旨味を感じやすい
「亜硫酸の使用量が少ないこと、清澄やろ過をしないことで、より優しいテクスチャーを生み、旨味を感じやすくなることもナチュラルワインの魅力です。その結果、素材重視の料理や旨味を感じる和食や中華などで旨味の相乗効果を生むことができます。」
魚介類と合わせたときに生臭さが出にくい
「ワインに含まれる鉄分は魚介の脂質である不飽和脂肪酸の酸化を促進するなど、特定のにおい成分を発生させてしまいますが、ナチュラルワインの中には酸化を促す製法で造られるものもあり、生臭さを感じにくいという特徴があります。」
大越基裕ソムリエが教えるレストランのためのドリンクペアリング講座。 上記のナチュラルワインのペアリングや魅力の解説のほか、ドリンクと料理を結ぶロジカルなペアリング理論が紹介されています。本書を読めばペアリングが怖くなくなること間違いなし! 『ロジカルペアリング:レストランのためのドリンクペアリング講座』(柴田書店)2,420円(税込)
参考:RAW WINE 2025年1月31日記事『〜東京開催に向けて〜イザベル・レジュロンが語る、ナチュラルワインへの想い』、WANDS2024年9-10月号『RAW WINE TOKYO 2024 主催者イザベル・レジュロンMWに聞くナチュラルワインに対する考え方』、おどるわいん『酸化防止剤(亜硫酸塩)がワインに与える効果と影響』、『知っておきたい!自然派ワインの特徴~ビオディナミやオーガニックの違い~』、『月の満ち欠けを見てワイン造りを行うビオディナミ生産者たち』
『エノテカタイムス』は全国のワインショップ・エノテカとエノテカ・オンラインにて配布中です。ぜひお手に取ってご覧ください。 ※一部対象外の店舗がございます。 ※エノテカ・オンラインでは、ご購入画面よりお選びただくことでワインとご一緒に『エノテカタイムス』をお届けします。 ※数に限りがございます。期間中でも配布が終了している場合がございます、予めご了承ください。