世界には偽造ワインが溢れている?「コンティ博士事件」

2016年にアルゼンチンのメンドーサで開催された世界最優秀ソムリエコンクールでのひと幕である。

決勝審査でお客が持ち込んだワインに即興でメニューを組み立てる課題が出された。

選手は舞台上のモニターに次々と映し出されるラベルからワインを瞬時に記憶するのだが、ドメーヌ・ポンソのクロ・サン・ドニが画面に出てきた時、スウェーデン代表アーヴィッド・ローゼングレンが画面を凝視してつぶやいた。

「少々不鮮明ですが、ヴィンテージは1945年ですか?」

それはまさしくドメーヌ・ポンソのクロ・サン・ドニ1945年だった。ホスト役の審査員にアーヴィッドが言う。「ポンソが1945年にクロ・サン・ドニを造っていたか、私には確証がありませんが……」。

このワインはソムリエコンクール恒例のトラップ。ボトルはフェイク=偽造品だったのだ。

フェイクを見破り、見事この大会で優勝したアーヴィッド。なぜ彼はそのボトルがフェイクであることに気づいたのか。それは彼が、2012年に発覚したある事件を覚えていたからだ。

コンティ博士事件とは?

ルディ・クルニアワン。かつて「ドクター・コンティ」と呼ばれたインドネシア人のワインコレクターが、2012年3月8日、ワイン偽造の容疑でFBIに逮捕された。

ボルドーやブルゴーニュの希少なワイン、オールドヴィンテージを売り買いし、オークションにもたびたび出品していたクルニアワン。

2008年、アッカー・メラル&コンディットのオークションに、1945年から73年までのドメーヌ・ポンソ・クロ・サン・ドニを出品した。これを知った当時のドメーヌ・ポンソ当主、ローラン・ポンソはオークション主催者に連絡。競売から取り下げさせた。

なぜなら、ポンソがクロ・サン・ドニのドメーヌ元詰めを始めたのは1982年からで、1945年のクロ・サン・ドニがこの世に存在することなどありえないからである。

ではこのワインの出所はいったいどこなのか。ローラン・ポンソは独自に調査を進めるとともに、FBIの操作に協力。2012年の逮捕につながったと言う。

存在するはずのないワイン

ドメーヌ・ポンソ事件の前からクルニアワン出品のワインには疑惑の目が向けられていた。2006年のオークションに彼は1947年シャトー・ラフルールのマグナムを8本出品したが、シャトーではその年、マグナムを5本しか詰めていなかったそうだ。

逮捕後、FBIがカリフォルニアにあるルディ・クルニアワンの家を捜索したところ、ボルドー、ブルゴーニュの著名銘柄のラベルやコルクが発見された。安いカリフォルニアワインやブルゴーニュワインのコルクを打ち替え、ラベルを張り替えてフェイクを“製造”していたらしい。

2014年、クルニアワンに懲役10年の判決が下され、テキサス州の刑務所に収容。2020年11月に釈放されたが、2003年から米国に不法滞在しており、インドネシアに強制送還された。

彼の家から見つかったDRCやヴォギュエなど約500本のフェイクワインは処分されたが、2006年だけで1万2000本をオークションで売ったことがわかっている。

当局もこれらのワインの足取りを捕まえ切れておらず、大半が現在も本物のロマネ・コンティの顔をしてコレクターのセラーに収まっているか、もしくはオークションを回遊している可能性がある。

先日も香港のボナムズが主催するワインオークションで、大量のロットがフェイクと見なされ出品が取り消される事件が起きた。

ジョルジュ・ジャイエのエシェゾー1964年やメゾン・ルロワのミュジニー1990年など存在するはずのないワインが出品され、1947年のレグリーズ・クリネは本来「クロ・レグリーズ・クリネ」であるべきところ、ラベルには「シャトー・レグリーズ・クリネ」と書かれていたと言う。

安全にワインを楽しむために

身近なネットオークションでも怪しいボトルをしばしば見かける。

そればかりか、アンリ・ジャイエやDRCの空瓶が高額で出品されている状況からして、世の中にいかに多くのフェイクワインが出回っているかが想像できるというものだ。第2、第3のルディ・クルニアワンがどこかに身をひそめ、フェイクワインの製造に勤しんでいることは間違いない。

造り手側もこのようなフェイク問題を放置しっぱなしにはせず、トレーサビリティの強化に取り組んでいる。

2007年以降、高級銘柄のネックにしばしば見かけるのが「Prooftag」だ。キャップシールとボトルをまたぐように貼られたこのシールは、コント・ラフォンシャトー・ラトゥールのワインにも使用されている。一度貼り付けたら再貼付が不可能な作りのため、空瓶に安いワインを詰め、再び打栓して偽のキャップシールを被せるという手法が使えない。

しかもこのシールにはQRコードが埋め込まれており、そのボトルが本物であることを記すばかりか、物によっては出荷先も記されているので、それが正規輸入品か平行輸入品かもはっきりする。

ドメーヌ・ポンソのCachet-Tag

クルニアワン事件の火元となったドメーヌ・ポンソでは、さらに先進的システムを導入した。

これは日本の凸版印刷が2018年に開発した「Cachet-Tag」というもので、「Prooftag」同様、キャップシールとボトルをまたぐように貼る。

NFC対応のIC回路が埋め込まれており、専用アプリを起動しスマホをかざすだけで、そのワインが本物かどうかがわかる。タグを剥がすとアンテナが断線するため、読み取りが不可能になる仕組みだ。

いずれにしても、オークションにはつねにリスクがつきまとうことを覚悟すべきだ。リスクを避けたければ過度なレアアイテムやオールドヴィンテージには手を出さず、正規代理店の輸入したワインを購入するのが最も安全であることは言うまでもない。