文学ワイン会「本の音 夜話(ほんのね やわ)」シーズン2 第3回ゲストに小説家・金原ひとみさん登場!

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レポート
公開日 : 2025.5.23
更新日 : 2025.5.23
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金原ひとみさん

日本文学界の最前線にいる小説家の方々にご出演いただき、 文学とワインを同時に楽しむイベント「本の音 夜話(ほんのねやわ)」。2014年~2020年までの6年間、計17回にわたってワインショップ・エノテカ 銀座店 カフェ&バー エノテカ・ミレにて開催、その後、コロナにより3年間休止状態にありましたが、昨年よりシーズン2として再開することになりました。


シーズン2、第3回のゲストとしてご出演いただいたのが、芥川賞作家の金原ひとみさん。最新長編小説『YABUNONAKA―ヤブノナカ―』をはじめ、デビュー当時の振り返りや創作の背景など、詳しくお話いただきました。生活の中にお酒が溶け込んでいるという金原さん。トーク中はワインを楽しんでいただきながら、創作とお酒の関係性についても明かしていただきました。


ナビゲーターは、ライター・山内宏泰さんです。

お酒は、心を開いて向きあうためのツール

金原ひとみさんと山内宏泰さん

大のシャンパン好きでいらっしゃる金原さん。ルイ・ロデレールのグラスを手に、金原さんによる乾杯のご発声で会がスタートしました。金原さんは、小説を書きながらお酒を飲まれているのだそうです。


「私は今もそうなんですが、少しお酒が入った方が、その場の雰囲気や相手に対して柔らかくなれるところがありまして。小説に対しても同様で、できるかぎり心を開いて向き合いたいので、本当にちょっとずつ、缶チューハイ1本を2時間かけるぐらいゆったりと飲みながら書いています。」


金原さんの作品と言えば、商品名そのものが小説のタイトルとなった『ストロングゼロ』をはじめ、多くの作品にワインを含めた、あらゆるタイプのお酒が登場するのが印象的です。


「生活の中にお酒が溶け込んでいるからでしょうか。お酒抜きであまり生活したことがないので…(笑)。 あと、お酒はコミュニケーションに絡んでくるので、会話のシーンなど、お酒があるかないかで違ってくると思うんですよね。登場人物にここまで言わせるんだったら、お酒が入ってないと嘘っぽくなるかな、とか。キャラクターの環境について、少しずつお酒を入れることでコントロールしているところがあります。」

いま自分が書かないと―強い危機感から生まれた最新作

金原ひとみさんと山内宏泰さん

最新長編小説は、4月に刊行されたばかりの『YABUNONAKA―ヤブノナカー』(以下『ヤブノナカ』)です。山内さんの「小説でこそ伝えられる、小説で伝えたいこととは?」の質問に対し、この最新刊を挙げてお話いただきました。


「『ヤブノナカ』は最近出した1,000枚を超える大作です。それもそのはず、次から次へと移ろう8人分の視点を描いています。私がずっと小説で書きたかったことが、かなり純度の高い形に仕上がったと思っています。


ひとつの事件や事象に対して、人が違うだけでこんなにも見え方が違うのか、自分が生きている世界はこんなに自分だけのものでしかなく、すぐ隣にいる配偶者や子どもでも、こんなに違って見えるんだーそういうことをそれぞれの視点から書くことによって、俯瞰的に捉えられるようにしようと思って書いた小説です。これはずっとやりたかったことで、三者三様の母親たちを描いた『マザーズ』も一人称多視点(物語の途中で語り手(視点者)が主人公から別のキャラクターに変わる手法)で書いたのですが、ここまで大きな物語として、しかも“性加害の告発”という社会的なテーマで、これだけの人数から見える世界を描くことは、自分でも達成感がありました。」


毎回ヴィヴィッドなテーマを掴む感覚がすごいと思うのですが、どのようにテーマを決めていらっしゃるのでしょうか?


「コロナが始まってすぐに書いた小説『アンソーシャルディスタンス』も、『ヤブノナカ』も、時代や人の意識がガラっと変わる瞬間に立ち会ったとき、これは今書いておかないと来年では絶対に書けない、と自分の中で危機感を抱くことがあります。


コロナが始まったとき、人と会うことがダメとされて、外に出ないことが正義とされる世界のなかで、人間はいまのままではいられない、人間というものが根本的に変わってしまうだろうと確信しました。その変化した世界で、小説にはどんな意味が残るんだろうと考えたとき、ものすごい恐怖に襲われて。いまこれを書いておかないと、いまの人間たちの感覚が損なわれてしまう、と追い立てられるように『アンソーシャルディスタンス』を書きました。


『ヤブノナカ』も同様です。私がデビューした約20年前は、まだセクハラがふつうに残っている時代で、そうした風潮が急激に変わることはないだろう、と自分をあきらめさせていたところがあったし、どこかで押し黙らされていたところもありました。それを変えていく力が世界中から生じて、実際に人々が変化していく様子を目の当たりにしたとき、なぜ自分は変えられないと思い込んでいたんだろうという悔恨が芽生えてきたんですね。もっと力を尽くせばよかったと思ったし、この変化を喜ばしく受け止めている者として、過去の問題も含めて、今に至る経緯や人々の移り変わりを書き残さないと、という気持ちにさせられて選んだテーマです。」

ロゼワインは“解放の象徴”

ロゼワイン

2杯目にご提供したのは、ドメーヌ・オット★のロゼワイン。近著『ナチュラルボーンチキン』のワンシーンにロゼワインが登場することからお選びしました。アッパーなタイプの登場人物(平木直理)が全裸で自分の家のベランダでロゼを飲んでいるところに主人公(浜野文乃)が訪問し、一杯飲んでいきなよと誘われ、楽しい時間を過ごす出会いの瞬間が描かれています。


数あるお酒のなかでも、平木さんがベランダで飲むお酒としてロゼワインにしたのは、金原さんの実体験によるものでした。


「フランスに住んでいたとき(2012年から6年間、パリに在住)、ロゼワインって“解放の象徴”だな、と思って。フランス、とくにパリは寒い期間が長く、長い冬を過ごしてようやく5~6月ぐらいに暖かくなり、公園でピクニックができるようになるんですね。その頃から店頭にロゼワインが並び始め、ロゼを持ってピクニックに行くんです。寒さと短い日照時間からようやく解放される、ロゼワインはそんな気持ちの象徴のようなものだったので、外で飲むならやっぱりロゼかな、と。」

衝撃のデビューから20年を経て、いま

金原ひとみさんと山内宏泰さん

金原さんは『蛇にピアス』で鮮烈なデビューを飾り、弱冠20歳にして芥川賞を受賞されました。それから20年。その後も数多くの話題作を発表し、日本の文学界の最前線にいらっしゃいます。いま、デビュー当時を振り返ってみていかがでしょうか。


「デビュー当時は、書かなかったら溢れ出てしまう、怒りや激しい感情が渦巻いている状態で生きていました。今のように冷静に考えるというよりも、とにかく発散するような、爆発するような書き方をしていたので、だからこそ推敲にとても時間がかかるという。出してしまうのはいいけど、そこから形にしていくのがとても大変でした。


デビュー時は、本当に推敲がきらいでしょうがなく、編集者が言ってくることも突っぱねて、このままでいいじゃん!なぜ直さなくちゃいけないの!みたいな面倒な作家でした(笑)。推敲の重要さをよくわかっていなかったんですね。


私は小説のことを何も知らないままデビューしてしまって、それこそ、芥川賞と直木賞の区別もよくついてないような状態で。その後推敲の重要性を思い知らされたので、いまでは推敲と執筆をほとんど同じぐらい時間をかけるようになりました。デビュー当時は自分から純粋に出てきたものが一番いいと思っていたんですが、やっぱり磨いたり、整えたり、練ったり、手に取ってもらえる形にすることが重要なんだということを教えられました。


書きたいテーマは、常に自分の中にあります。いつかなくなるのかな、と思いながら20年間書き続けています。社会も人も変化し続けているので、それらに対する怒りや悲しみ、喜びなどいろんなものが次々と生じていくんですよね。それをアウトプットしていくことはすごく重要で、押し込めていたら本当に爆発してしまうと思うので、私にとって執筆は重要なライフワークです。」


金原さんにとってのアウトプットは、なぜ小説だったのでしょうか。


「わたしにとっては小説しかなかった。ほかに生きられる場所がなかった。消極的選択かもしれないですが、小説を読んでいるときだけ、自分がふつうの状態でいられる気がしました。常にずっと水の中で生きているみたいな苦しさがあったんですが、小説を読んでいるときにだけ訪れる安寧のときがあって。この世界をつくれるってすごいな、という憧れが書き始めるきっかけになったんです。」

あらゆる小説の登場人物たちと一緒に生きる

ナチュラルボーンチキンとワイン

金原さんのお話に、お客様はぐっと引き込まれながら、熱心に耳を傾けていました。最後の質問タイムでは、次から次へと質問が相次ぎました。そのひとつは、小説との出合い方について。文学をもっと広げていかないと、と危機感を持たれているお客様から、新たな文学ファンを作っていくにはどうすればよいか、というご質問でした。


「難しいですね。小説って映画やゲームと違って、少しは自分もその世界に入っていきたい、理解したいという気持ちがないと楽しめないところがあると思うので、その世界を欲している人に届く媒体だと思います。


私の高校生の娘は、家では本に囲まれているのに全然本を読まないんですが、彼女が恋愛で傷ついていたとき、唐突に小説を読み始めたんですよ。なんだよ、おまえ~、そういうときかーと思って(笑)。刺さる瞬間は人それぞれで、私にとっては孤立感や孤独を感じているときに小説が支えになってくれたんですが、人によっては失恋だったり、環境の変化だったり、そういう瞬間に本を手に取りたくなるのかもしれません。その時々で、小説を必要としている人に届くコンシェルジュのようなシステムがあったらいいですね。理想としては、そういう形が一番なんじゃないかな、と思います。」


「逆説的かもしれませんが、次に流行るのは文学では?」とナビゲーターの山内さん。それに対する答えは、文学と共に生き続ける金原さんならではの、心を打つものでした。


「それはちょっと思いますね。TikTokやYouTubeなど、3秒や10秒で気を引くことが重要になっていますが、瞬間瞬間を楽しむことはできたとしても、花火のように消えてしまうものなので。


私はこれまで小説を読んできて、あらゆる登場人物たちと一緒に生きている気持ちで、いまを生きています。例えば『カラマーゾフの兄弟』だったら、3兄弟が常に自分の中にいて、何かあったときには、アリョーシャ(末弟)ならこれをどう思うだろう? ドミートリーなら(長男)こう思うよね、と考えながら生きているところがあるんです。そういう登場人物たちに加え、自分の書いた小説の登場人物たちとも一緒に生きていて、意見を聴ける“仲間のようなもの”が増えていく体験として読書を捉えています。なので、数秒や数分間だけ楽しいではなく、“運命の友”や“宿敵”と出会える出会いの場、それも永遠に続く関係性を得られるのが文学だと思っています。それこそ、早さが重視されるコンテンツとは真逆の存在なので、逆に斬新な媒体かなと思いますね。」

現在は、文芸誌『すばる』で、中学生を主人公にした小説『アディショナルライフ』を連載中の金原さん。また、『蛇にピアス』以来、17年ぶりに映画化が決定。歌舞伎町を舞台に描いた『ミーツ・ザ・ワールド』が監督・松居大悟さん、主演・杉咲花さんで映画化され、10月24日に全国公開予定だそうです。金原さん自身、試写でのめり込むように観てしまったとのことで、こちらも今から楽しみです。


常に疾走感を感じる金原さんの作品ですが、刊行ペースについてもかなりスピーディー。それについて、突けば溢れ出てくるのう胞のようなものを、自分の中に常にいくつも持っている、とお話してくれた金原さん。ワインを片手にやさしい笑顔でお話されながらも、その溢れるようなエネルギーの片鱗を感じることができた、貴重な文学とワインのひとときとなりました。


イベント開催日:2025年5月10日

『YABUNONAKA―ヤブノナカ―』
『YABUNONAKA―ヤブノナカ―』(文藝春秋)

当日ご提供したワイン

  • 送料無料

ルイ・ロデレール コレクション 245 [ボックス付]
750ml

ルイ・ロデレール コレクション 245 [ボックス付]

  • エレガント&コンプレックス

  • 10,450

    (税込)

バイ・オット・ロゼ
750ml

バイ・オット・ロゼ

  • ロゼ

    フレッシュ&ドライ

  • 2023

    3,630

    (税込)

  • WE 93
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