日本で「自然派ワイン」が紹介されはじめたのが1990年代後半。約20年近く経ち、今やすっかりメジャーなワインになりました。
しかし、この「自然派」という言葉、いまだ垣根がはっきりしないように感じます。今回はその違いをご紹介します。
三つの農法
「自然派」と呼ばれる農法を実践する生産者が目的とするのは生態系とのバランス、ひいてはブドウ畑をとりまく環境の回復とテロワールの表現ではないでしょうか。また、消費者にとっては健康へのこだわりでもあります。
しかし目指すところが同じでも、これらの農法は「サステイナブル農法」、「オーガニック農法」、「ビオディナミ(バイオ・ダイナミックス)農法」といった三つの形態に分けることができます。
サステイナブル農法
「持続可能な」と訳されるサステイナブル。文字通り、出来るだけ化学肥料や除草剤を使わず生態系とのバランスの維持を目指していきます。
特徴は「絶対使わない」という厳格なものではなく、雨が多くカビが発生しそうといったトラブル時には「必要最小限」で化学物質を使用します。いわば自然界に存在するもののみを使用する農法と最新技術の融合とも言えるでしょう。
人間で例えるなら、普段薬は飲まないけど、インフルエンザになったらタミフルを服用します…という考えに似ているかもしれません。
オーガニック農法
この農法では化学肥料や除草剤の使用は一切認められていません。その代わり、生態系のバランスを崩さないようなナチュラルな物質を調合して、畑のトラブルに対処していきます。
言うならば、インフルエンザにかかってもタミフルを服用することはできず、喉にネギをまいて治癒を目指しましょう、という考えに似ているかもしれません。
こういった農法を成功させるのは非常に高いレベルが求められ、多くの生産者はまずは、先に紹介したサステイナブル農法を導入し、その間、畑の健全化を促してからこちらの農法に移行する生産者が多いようです。
なおカリフォルニアやEUではこのオーガニック農法に関してすでに法制化されています。
ビオディナミ農法(バイオ・ダイナミックス)
この農法においても、一切の化学肥料や除草剤を使うことはできません。
オーガニック農法との大きな違いは「プレパラシオン」と呼ばれる独自の調剤を使うことです。
この特殊な調剤は9種類あり500~508まで番号で管理されています。例えば、500は雄牛の角に牛糞を詰めたもの、503はカモミールの花…といった具合です。
興味深いのは、このプレパラシオンをいつ撒くのか、収穫、瓶詰、オリ引きはいつ行うのか、そういった日取りはすべて「月齢カレンダー」によってあらかじめ定められていることです。カレンダーには満月から新月までの月の満ち欠けが記されており、どこかスピリチュアル的な要素がワイン造りに含まれています。
この農法は1924年、オーストリアのルドルフ・シュタイナーが考案した方法で、ワインのみならず幅広い農業生産品に用いられています。ワインならばブルゴーニュのドメーヌ・ド・ラ・ロマネコンティやルロワが行っていることはあまりにも有名です。
自然派ワインのリスク
化学肥料、殺虫剤、除草剤 | ||
サステイナブル農法 | ▲ | |
オーガニック農法 | × | |
ビオディナミ農法 | × | +α 月齢カレンダー |
サステイナブル農法→オーガニック農法→ビオディナミ農法といった具合に手間がかかっていきます。残念ながら手間と比例して品質が保証されるわけではないというのが非常に気がかりです。
それだけでなく、難しい農法になればなるほど、厳しい年には生産量激減のリスクに晒されることがあります。
実際、2004年、ルロワは全てのグラン・クリュのワインをAOCブルゴーニュに格下げしたという実例もあります。またシャンパーニュの造り手ジャック・セロスもビオディナミをやめた造り手の一人です。
自然派を実践しやすい場所
ブドウはジメジメした場所を嫌い、湿度が高いとすぐにカビ病が蔓延してしまいます。カビが生えたブドウは、当然原料として使うことができません。このカビ問題に対処するために、これまで化学物質などが用いられてきたのです。逆に風通しが良い乾燥した場所は湿度が上がりづらいため、もともと化学物質などを撒く必要性が低いため、自然派に向いています。
代表的なワイン産地に、南フランス、スペインの地中海沿岸部、アルゼンチンなどが挙げられます。
ボルドー、サンテミリオンの決断
一方、決して好条件とは呼べないような場所でも、自然派は増えています。
ボルドーがその代表例です。ボルドーは大西洋に面し、強い海洋性の影響を受け年間降雨量が900mmを超えます。そのような中、メドック格付け1級のシャトー・ラトゥールや、5級のシャトー・ポンテカネは全ての畑をビオディナミに転換しました。
また、右岸のサンテミリオンでも大きな決断が下されました。サンテミリオンと周辺の衛星地区では2019年以降、サステイナブル農法、オーガニック農法、ビオディナミ農法のいずれかの認証を受けているか、認証取得の途中でないでないとAOCサンテミリオンを名乗れず、格下のAOCボルドーを名乗ることとなるのです。これは並々ならぬ決断といっても過言ではないでしょう。
まとめ
ブームもひと段落した現在こそ、造り手には「自然派を続けるのか/移行するのか」、また、飲み手にはますます自然派ワインと名乗るワインのバックグラウンドを見抜く審美眼が問われていきそうです。