グラスを傾けながら「こんな話があるんだけど…」と、つい誰かに話したくなる。そんなワインのささやかなお話をお届けするコラム、ワインのネタ帖。
ワインを愛してやまない語り手・葉山考太郎さんが、ワインにまつわる逸話や裏話などをくすっと笑えるユーモアとともに紐解きながら、「頭で味わうワイン」の楽しさをご紹介します。
今回は「歴史が変わったその時」に飲まれたワインのエピソードを4つご紹介します。
葉山考太郎さん
シャンパーニュとブルゴーニュを愛するワイン・ライター。 ワイン専門誌「ヴィノテーク」、「神の雫(モーニング)」等にコラムを執筆。 2010年にシャンパーニュ騎士団オフィシエを受章。 主な著書は「クイズでワイン通」「今夜使えるワインの小ネタ(以上講談社)」、「30分で一生使えるワイン術(ポプラ社)」など
1776年7月4日 アメリカ独立宣言をマデイラで祝う
フィラデルフィアでの大陸会議でアメリカ独立宣言が採択された際、トマス・ジェファーソン、ジョン・アダムズ、ベンジャミン・フランクリンなど独立に尽力した人達が、マデイラの入ったグラスを掲げて新しい国家の誕生を祝福。
後に第3代アメリカ大統領になったトマス・ジェファーソンは、熱烈なワインの愛好家として有名で、大統領の8年の在任期間中、2万本以上ヨーロッパ・ワインを購入した。
お気に入りは、イケム、シャンベルタン、シャンパーニュだったそう。
1969年7月20日 人類初の月面着陸をワインで祝う
アメリカのアポロ11号宇宙船の着陸船「イーグル」が月面に降り立ち、宇宙飛行士のニール・アームストロング船長が人類として初めて月面に一歩を記す。
2番目に月面に降りたバズ・オルドリンは敬虔なクリスチャンで、着陸船に帰還直後、船内で赤ワインとパンによる「聖餐式」を行った(正確には、パウチに密封した少量のワインとウエハースと銀の聖杯を使用)。
NASAは、宗教訴訟への配慮(当時、アポロ8号の聖書朗読が問題化していた)を懸念して中継を控えたため、人類が初めて月面で飲んだのは赤ワインである事実は、ほとんど知られていない。ワインも聖餐式のもので、銘柄は不明。
1972年2月21日 米中の国交樹立をシュラムスバーグで祝う
第37代アメリカ大統領のニクソンは、国交樹立のため、中国を電撃的に訪問して国交を樹立。世界が驚いた。このとき、北京で周恩来首相と乾杯するため、ニクソン大統領はシュラムスバーグのブラン・ド・ブラン1969年を14ケース、ワシントンから持ち込んだ。
2人の乾杯の写真が世界に配信され、シュラムスバーグの知名度が急上昇。「カリ
フォルニアの泡」から一挙に「世界の泡」へ昇格した。
なお、シュラムスバーグでの歴史的な乾杯の4カ月後、ワシントンのウォーターゲイト・ビルに侵入した5人が逮捕される。これが発端で、「大統領が命じた盗聴スパイ活動」が明らかになり、ニクソンは失脚。政治的な野望は「泡」と消えた。
2015年10月20日 英国が国賓の習近平主席をオー・ブリオン1989年で歓迎
バッキンガム宮殿でエリザベス女王主催の公式晩餐会に習近平夫妻が招かれた。中国の国賓が訪英するのは初めてで、この席で出た赤ワインがオー・ブリオン1989年。
ちなみに、白はドメーヌ・マルキ・ダンジェルヴィーユのムルソー・プルミエ・クリュ・サントノ2007年、スパークリング・ワインは英国、リッジビューのグロヴナー・ブラン・ド・ブラン・ブリュット2009年。
オー・ブリオン1989年が選ばれた理由は公表されていない。しかし、ワイン好きとしては「なぜ1989年だったのか」とつい想像を巡らせたくなる。