グラスを傾けながら「こんな話があるんだけど…」と、つい誰かに話したくなる。そんなワインのささやかなお話をお届けするコラム、ワインのネタ帖。
ワインを愛してやまない語り手・葉山考太郎さんが、ワインにまつわる逸話や裏話などをくすっと笑えるユーモアとともに紐解きながら、「頭で味わうワイン」の楽しさをご紹介します。
読めばきっと、これからワインを飲むひとときがほんのちょっぴり豊かになるはず。今日の一杯を、物語ごと味わってみませんか。
葉山考太郎さん
シャンパーニュとブルゴーニュを愛するワイン・ライター。 ワイン専門誌「ヴィノテーク」、「神の雫(モーニング)」等にコラムを執筆。 2010年にシャンパーニュ騎士団オフィシエを受章。 主な著書は「クイズでワイン通」「今夜使えるワインの小ネタ(以上講談社)」、「30分で一生使えるワイン術(ポプラ社)」など
私が考えた「世界で最も正しい土曜日の朝」を紹介する。
世界で最も正しい土曜日の朝は、目覚まし時計のアラームじゃなく自然に目を覚ますことから始まる。3回、あくびをして、キッチンに入り、昨晩の残り物を一皿に盛り、ベッドのサイドテーブルに置く。
次に、この朝のためにカチカチに冷やしたシャンパーニュとグラスも持ってくる。シャンパーニュのコルクを抜くと、高貴な香りが秒速10メートルで部屋中に満ちる。そしてグラスにたっぷり注ぎ、残りが50ページになったミステリーをゆっくり読むのだ。
いよいよ犯人が分かるぞ、犯人がどうやって密室を完成させたんだ?3時間のアリバイを捻り出したトリックは何だ?探偵が犯人を見破ったのは何時?犯人はどこでヘマをしたんだ?動機は何だ?
1ページめくるたびに、シャンパーニュを一口すすり、食べ物を小さく切って口に入れる。
これは「王様の2時間」だ。
この「王様の2時間」を過ごすには、『羊たちの沈黙』に登場する天才犯罪者、ハンニバル・レクター博士のように、1週間前から細かい準備が欠かせない。
まずは6日前となる日曜日に、ミステリーとシャンパーニュを仕入れる。本屋へ行ったら、どれが面白いか真剣モードにならず、本を手に取った瞬間の第一印象で決める「ジャケ買い」がおすすめ。男女の一目ぼれは、自分の長い人生で鍛えた審美眼を総動員し、0.3秒で相手を評価する。第一印象に間違いはない。
シャンパーニュも同様で、ワインショップや、通販サイトで、ジャケットのデザインと価格だけで決めるとよい。自分がスタイリッシュと思うラベルのシャンパーニュは、飲んでもオシャレだし、どっしり系の雰囲気があれば、味わいも濃厚系。
本もシャンパーニュも、大量の情報を元に気合を入れて選ぶと、いつもと同じモノになる。知らない本と未知のシャンパーニュを買おう。
本を読み始めるのは月曜日の朝の通勤電車の中なので、「あぁ、明日は月曜日かぁ」という「日曜の夜の憂鬱」は、「明日、読む本はどんな本? 土曜のシャンパーニュはどんな香り?」とワクワクする気持ちに変わる。
金曜日の帰りの電車では、最終章を残して「寸止め」にしておく。300ページの本なら、通勤の行きと帰りで1日50ページ読むと、土曜日に最後の50ページが残る。土曜日の朝食用に、金曜の晩御飯は少し多めに作るとよい。
シャンパーニュとミステリーで、世界で最も正しく土曜日の朝を過ごしてほしい。