vol.11『二人のために必要
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2005年『さよならアメリカ』で群像新人文学賞を受賞し、作家デビュー。料理家としても活動し、メニュー開発なども手がける。 主な著書 『スープの国のお姫様』(小学館) 『ロジカル男飯』(光文社新書)
この物語はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
ことのはじまりは友人からの助言だった。
「そりゃ、ワインの栓くらいは開けられたほうがいいな」
誰が相手でもはじめてその人の部屋を訪れる日は緊張するものだ。ましてや、好意を寄せている女性の部屋で一緒に夕飯を食べるというのであれば、あとは言うまでもない。
「やっぱりそうか」
「今の時代、男女という言葉を使うのはよくないが、料理だって向こうが用意するって言っているんだろ。それならお前だってワインくらいは開けなきゃ」
友人はそう言って、使い古したソムリエナイフをくれた。彼女はワインが好きと聞いているのだが、俺は正直、ワインのコルクを抜いたことがない。普段飲むのはビールか焼酎、たまに日本酒を飲むくらいだからだが、たしかにワインをスマートに開けられたら格好がつく。
俺はその日の夜、安価なワインを三本買い、インターネットの動画を参考に練習した。コツを知れば意外とかんたんで、一本目から上手にコルクを抜くことができた。準備は万全だ。
翌日、訪れた彼女の家は広尾駅から少し歩いたマンションの一室だった。インターホンを押して6階に上がる。601号室が彼女の部屋だ。
「お疲れ」
笑顔で出迎えてくれた彼女はやっぱり輝いて見えた。俺の部屋は駅から近いことだけが取り柄のワンルームだが、この部屋は1DKで家賃も天井も高い。客が来るから慌てて整理した様子はなく、ソファや本棚が整然と並んでいた。
「白ワインでいい?」
「もちろん」
俺は笑顔で頷き、カバンからソムリエナイフを取り出そうとした……ところで、手が止まった。白ワインの栓がコルクでなく、スクリューキャップだったからだ。後から知ったことだが、ニュージーランドのワインはほとんどがこれだという。
出鼻を挫かれてしまったが、乾杯をする。テーブルには茹でたスナップエンドウとクリームチーズをあわせた料理やホタテのカルパッチョなどが並んでいた。彼女が作ってくれて料理はどれもおいしかった。
「スナップエンドウって好きなんだ」と彼女は言う。「このワインにも合うでしょ」
たしかに。ワインと料理があうとはこういうことか、と俺は思った。不思議なことに、単独で食べるよりもおいしく感じるのだ。
「逆に苦手な野菜ってあるの?」
「うーん、あんまりないけど……強いていえばグリーンピースかな」
「へぇ、おかしいな」と俺は何気なくいった。「スナップエンドウも同じエンドウマメなのに」
「そうなの?」
「品種改良でサヤごと食べられるようにしたのがスナップエンドウで、未熟な豆を食べるのがグリーンピース。生物学的には同じで……」
そこまで話したところで妙な空気が流れていることに気がつき、俺は咳払いを一つした。まずい、余計なことを口に出してしまった。
「ごめん、おかしいっていう言い方はなかった。俺、かっこつけたいと思って、昨日はワインの栓を抜く練習もしてきたんだよ。意味なかったけど」
俺がソムリエナイフでワインの栓を抜く仕草をすると彼女は笑った。硬直した空気がふわりと緩んだ。
「大丈夫。この後、赤ワインを開けてもらうから」
どうやら、練習は無駄にはならなかったようだ。彼女の目から俺はどう見えているんだろう。さやごと食べられるスナップエンドウ、あるいは未熟なグリーンピースか。
茹でスナップエンドウ クリームチーズ添え
【材料】 (1人分)
・スナップエンドウ 6本
・クリームチーズ 1個(16g)
・ブロッコリースプラウト 適量
・ワサビ(チューブ) 好みで
【作り方】
1.スナップエンドウは筋をとり、塩分濃度1%の湯で2分茹でる。水にとり、半分に開く。
2.小角に切ったクリームチーズをのせ、ブロッコリースプラウトを散らす。好みでワサビを添えてもおいしい。
文・写真=樋口 直哉
今回ストーリーに登場したワインは…
セラー・セレクション・ソーヴィニヨン・ブラン
白
アロマティック&ピュア
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4.4
(248件)2025年
2,420 円
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