「パリスの審判」リターンマッチ【前編】

ワイン史を変えた!「パリスの審判」とは?」では、1976年にパリのインターコンチネンタルホテルで開催されたワイン界の大事件「パリスの審判」の背景と結果を解説しました。

「パリスの審判」は、カリフォルニアの勝利となったのですが、以降、40年以上に渡り、遺恨試合が続きます。今回のコラムでは、年代順に遺恨試合を追いながら、「パリスの審判」が世界のワイン界へ与えた影響を解説します。

参考:ワイン史を変えた!「パリスの審判」とは?

ブラインドテイスティングの重要性を世界に広めた

1976年5月、無名のカリフォルニア・ワインがフランスワインに勝利したニュースが世界に駆け巡りました。ロバート・パーカーは、「パリ試飲事件は、『ワインはフランス』という神話を打ち崩し、ワインの世界を民主化した。ワインの歴史における革命的な出来事である」と評価しました。

「カリフォルニアにできたのだから、我々にもできるかもしれない」と、世界中のワイン生産者が思い始めました。新世界でワインを作る生産者に「ヤル気」が出たのは、この試飲会がきっかけです。

「パリスの審判」のもう一つの大きなインパクトは、「ブラインド・テイスティング」の威力です。「パリスの審判」が、ラベルを見ながら試飲していたら、フランス勢が圧勝していたでしょう。

主催者のスティーヴン・スパリュアは、ラベルを見ずに試飲する重要性を世界に示しました。以降、スパリュアは、「ミスター・ブラインド・テイスティング」と呼ばれ、もう一つのワイン界の事件である「2004年ベルリン・テイスティング」を仕切るなど、世界中で大活躍をし、ついに、2018年には、ワイン専門誌の名門、『デキャンタ―』誌で「マン・オブ・ザ・イヤー」を受賞します。

ただし、「パリスの審判」直後、スパリュアはフランスのワイン生産者から、強烈な嫌がらせを受けます。「イギリス人であるあんたをフランスは受け入れたのに、恩を仇で返した」と非難され、スパリュアを「出禁」にしたシャトーやドメーヌもありました。フランス人の9人の審査員は、「カリフォルニアを勝たせた非国民だ」とバッシングを受けました。

フランスは、無名のカリフォルニアに負け、悔しくてたまりません。フランス側の言い訳は「果実味に富むカリフォルニアワインは、若いうちに飲んでうまい造りをしている。一方、ボルドーは、熟成を経て真価が出る。1976年当時、試飲会で出たボルドーは、いずれも瓶詰めして5、6年しか経っておらず、最高の状態ではない」です。

「では、本当にその通りか、実際にやってみよう」と、10年後の1986年、最初の「遺恨試合」となるニューヨークでのリターンマッチが始まります。

1986年のリターンマッチ@ニューヨーク前哨戦

世界で最も影響力があるワイン雑誌が、ロバート・パーカー創刊の『ワイン・アドヴォケイト(以降、WA)』としたら、発行部数が世界最多は『ワイン・スペクテータ(以降、WS)』でしょう。

WAは、消費者の立場からワインを評価するため、点数が厳しく、WSは、生産者やワインショップに目が向いているため、点数が甘い傾向にあります。

このため、愛好家はWAを信頼し「WA100点ワイン試飲会」を世界の愛好家が開催していますが、「WS100点のテイスティング会」はほとんど聞きません。

なお、私がロバート・パーカーにインタビューした時「発行部数は、WAが2万部、WSは60万部だが、WAのほうが圧倒的に影響力が強いんだ」と自慢げに語るなど、WSを異常なまでにライバル視している印象を受けました。

WSは「パリスの審判10周年企画」として、全く同じ赤ワインを10年後に飲み、どのように熟成したかを判定しようとしました。なお、白ワインは、熟成のピークを過ぎているとの理由で対象外としました。

審査員は全てアメリカ人で、WSのスタッフが4人、ワイン評論家が2人。採点は、「パリスの審判」での20点法ではなく、WSで定番の100点法を採用しました(当初、WSは、昔からある20点満点の「UCデイヴィス校方式」でいろいろなワインを評価していましたが、愛好家がWAでの100点法を支持したため、途中で100点法に替えました)。

試飲の結果は以下の通りで、WSの1986年4月号に載っています(赤字はカリフォルニア・ワイン)。

試飲結果

1位 ハイツ・マーサズ・ヴィンヤード 1970年
2位 マヤカマス 1971年
3位 リッジ・モンテ・ベロ 1971年
4位 スタッグス・リープ・ワイン・セラーズ 1973年
5位 クロ・デュ・ヴァル 1972年
6位 モンローズ 1970年
7位 ムートン・ロートシルト 1970年
8位 レオヴィル・ラス・カーズ 1971年
9位 フリーマーク・アビー 1969年
10位 オー・ブリオン 1970年

試飲の結果は、1976年の「パリスの審判」より、さらにカリフォルニア勢が優位に立ち、1位から5位までを独占します。WSも、この結果に驚いたそうです。

1986年のリターンマッチ@ニューヨーク本戦

同年9月、スティーヴン・スパリュアの「仕切り」により、ニューヨークのフランス料理協会が主催して、「パリスの審判10周年記念対決」がありました。この試飲も、WSでのリターンマッチと同じ理由で、赤ワイン限定です。

この対決では、ワインは生産者から直送してもらうことにしたのですが、オー・ブリオンは協力を拒否しました。WSで最下位になったことにショックを受けたのか、「茶番」に付き合っていられないと思ったのかは不明ですが、スパリュアはワインショップでオー・ブリオン1970年を購入しました。

また、カリフォルニア勢の中で最下位だったフリーマーク・アベイは不参加を申し入れ、全部で9本の試飲となりました。

「1976年のパリスの審判」の審査員に参加を依頼しましたが、当然、誰も応じません。そこで、アメリカのワイン業界関係者(全員アメリカ人)の8人でのブラインドテイスティングとなりました。

ワインを最良の状態にするため、試飲の1時間前にデキャンティングしました。

結果は、1976年やWS主催の1986年試飲会とは異なりましたが、勝ったのは以下のように、またもカリフォルニアでした(カリフォルニアは赤字で表記)。

試飲結果

1位 クロ・デュ・ヴァル 1972年
2位 リッジ・モンテ・ベロ 1971年
3位 モンローズ 1970年
4位 レオヴィル・ラス・カーズ 1971年
5位 ムートン・ロートシルト 1970年
6位 スタッグス・リープ・ワイン・セラーズ 1973年
7位 ハイツ・マーサズ・ヴィンヤード 1970年
8位 マヤカマス 1971年
9位 オー・ブリオン 1970年

勝利したのは、1976年には8位だったクロ・デュ・ヴァル1972年でした。

クロ・デュ・ヴァルは、フランス人でワイン醸造家だったベルナール・ポルトと、フランス系アメリカ人の実業家、ジョン・ゴレがナパ・バレーに設立したワイナリーで、1位になった1972年は、同ワイナリーの初ビンテージでした。

今回の試飲会でも、1976年と同様、審査員は、ボルドーかカリフォルニアか分からなかったそうです。カリフォルニアは、1976年にも、1986年にも勝利し、「若くても美味い、熟成させても美味い」との評価を得ました。

ここまでの経緯を聞くと、フランスワインは、一方的に、カリフォルニア軍団にヤラレている印象を受けますが、そうではありません。

フランスのために擁護しますと、勝利したカリフォルニアのワインは、いずれも小規模のブティック・ワイナリーです。生産量は数百ケースでしょう。

高級ワインを試飲する会に参加すると、必ず誰かが、「これは美味い赤だねぇ」とコメントした後、「でも、10ケースでいいなら、オレでも作れる気がするなぁ」と言います。

一方、ボルドーは、ロバート・パーカーが95点以上もつける上質なワインを2万、3万ケース、20万本から30万本も造ることができます。

超高品質なワインを30万本も大量に生産できるのは、世界中でボルドーとシャンパーニュだけでしょう。これが、ボルドーの実力なのです。

カリフォルニアで上質のワインができる理由

無名だったカリフォルニアワインが、フランスのエリート軍団を撃破できた理由はいくつかあります。

まず、カリフォルニアは気候が安定していること。ブドウの生育期間には雨がほとんど降らず、日照も豊かで、毎年がヴィンテージイヤーと言えます。気候も、温暖系から冷涼系まで、いろいろ揃っています。

なので、ボルドーやローヌ系の濃厚なワインから、エレガントなブルゴーニュ系まで、なんでも造ることが可能です。

理由その2は、カリフォルニア大学デイヴィス校(通称UCデイヴィス)の農学部が、カリフォルニアの気候や土壌にマッチした最先端の栽培法や醸造方式を研究し、カリフォルニアのワイナリーを強力にバックアップしたことです。

今では、ボルドーやブルゴーニュだけでなく、世界中のワイナリーの跡継ぎや二世がここで勉強しています。

アメリカのワイン法は物凄く自由であることも大きな理由でしょう。

フランスでは、地方や畑の場所により、栽培して良い品種や栽培法がガチガチに決まっており、例えば、ボルドーでは、旱魃でブドウが枯れそうな場合でも、水を撒けません。

一方、アメリカは自由で、畑に水を撒こうが、札束を撒こうが何でもあり。どんなブドウを植えても良いし、どんな醸造法でも構いません。

最後の理由は、ワインの大消費地、サンフランシスコに非常に近いことです。ワインの生産地と消費地がこれほど接近している土地は世界中に類を見ません。大都市が近いと、消費だけでなく、投資にも非常に有利です。

以上が、カリフォルニアがワインの生産に理想的である理由です。

ワイン関係で、こんなジョークがあります。「理想のワインビジネスは、カリフォルニアでフランス人がワインを造り、イギリス人がコメントを書いて、日本人に売る」と…。

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