【ワインにまつわるショートショート】vol.7 茶色いハーブのカプレーゼ

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エノテカタイムス
公開日 : 2025.5.1
更新日 : 2025.5.1
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vol.7茶色いハーブのカプレーゼ

vol.6『桜の花のお酒』はこ

ちら

樋口 直哉 Higuchi Naoya
樋口 直哉 Higuchi Naoya

作家・料理家。服部栄養専門学校卒業後、料理教室勤務や出張料理人などを経て、2005年『さよならアメリカ』で群像新人文学賞を受賞し、作家デビュー。作家として作品を発表する一方、料理家としても活動し、メニュー開発なども手がける。 主な著書 『スープの国のお姫様』(小学館) 『おいしいものには理由がある』(角川書店) 『最高のおにぎりの作り方』(KADOKAWA) 『ぼくのおいしいは3でつくる』(辰巳出版)

この物語はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。

 料理教室で講師をするたびに「いろいろな人がいるなぁ」と佐伯正は思う。 

 

 彼は普段、レストランで働いているが、時々、頼まれて教壇に立っている。仕事帰りに寄る人もいれば、教室に通うこと自体が趣味の人もいる。年齢層も二十代〜七十代と幅広い。


「先生、ちょっといいですか」


 授業が終わり、片付けをしていた佐伯は手を止めた。声をかけてきたのは三度目の参加になる宮下という高齢の男性だった。最近、奥さんに先立たれ、台所に立つようになってから教室に通いはじめたと聞いていた。


「もちろん」


 先生と呼ばれるたびに足の揃わない椅子に座っているような居心地の悪さがあるけれど、佐伯は受講者たちから寄せられる質問に答えるのは好きだった。自分では思いも寄らない疑問が寄せられるからだが、今日のそれは違った。


「カプレーゼっていう料理の作り方を教えて欲しいんですが」


「かんたんですよ。トマトは横にスライスして、モッツァレラチーズも同じくらいの厚みに切ってください。オリーブオイル、ワインビネガー、塩を振りかけるだけです」


「ハーブとかって使いませんか」


「定番はバジルですけど同じシソ科の大葉とかも相性がいいと思います」


「すみません。バジルやシソじゃないんです」


「……どういうことですか?」


「妻が昔、作ってくれたカプレーゼがあるんです。妻は行きつけのワインバーで教わったそうです。彼女が好きだったオレンジワインとあわせると最高においしかった。そのハーブがワインの香りを引き立てる感じがあって……でも、自分でも試したんですが、なかなか上手くいかなくてですね」


「なるほど、奥様が使っていたハーブはどんな形でした?」


「細かくて、乾燥していました」


「ドライハーブですか。バジルじゃないとすると……トマトとの相性を考えるとオレガノが定番だと思います。ちょっと待ってください。在庫があるので、譲りますよ」


 佐伯はオレガノだけではなく、ローズマリー、パセリ、タイムなども一緒に小分けにして、宮下さんに手渡した。


 その三週間後、料理教室に再び宮下さんが顔を見せた。


「ハーブ、どうでしたか?」


 授業がはじまるまえに佐伯が声をかけると、宮下さんは首を横に振った。


「どうも違かったみたいです」


「うーん、オレガノだと思ったんですが……」


 塩、オリーブオイル、ワインビネガーは決まった銘柄を使う人だったので香りが違うとして考えられるのはハーブの違いだけだ。


「そういえばもっと茶色かった気がします」


「茶色?」


 トマト、茶色……頭のなかで何かがつながった。


「ひょっとすると」


 佐伯は授業もそっちのけに冷蔵庫からトマトとチーズを取り出し、トマトのヘタをとるとスライスし、同じ厚さに切ったモッツァレラチーズと重ね、オリーブオイル、ワインビネガー、塩を振った。それから製菓用材料の棚から取り出した小袋の中身をすり鉢で砕き、振りかけ、その皿を差し出した。


「これです!」


 香りを嗅ぐなり宮下さんは頷いた。「このハーブはなんですか?」


「ハーブではないんです」


 佐伯は小袋の中身を見せた。


「これは紅茶です。料理に紅茶を使うのはめずらしいことではありませんが、ハーブだと思い込んでいたからわからなかったんですね。トマトと紅茶は相性抜群なんです」


 その日の夜、お礼のメールが届いた。宮下さんは家に帰ってさっそくワインと紅茶とトマトのカプレーゼの組み合わせを楽しんだ、という。そのメールの最後には「妻との思い出が蘇りました」と添えられていた。


 やっぱり、料理教室には様々な人が来る、と佐伯は思った。そして、人の数だけ思い出の味もあるんだろうな、と。

茶色いハーブのカプレーゼ


【材料】 (2人分)

・モッツァレラチーズ 100g(1個)

・トマト(中玉) 2個(150g程度)

・塩 ひとつまみ

・砂糖 ひとつまみ

・オリーブオイル 大さじ1/2

・ワインビネガー 小さじ1/2

・紅茶 適量


【作り方】

1.モッツァレラチーズはキッチンペーパーなどで水気をしっかりとり、7〜8mm厚に切る。紅茶はすり鉢などで細かくする。

2.トマトはへたをとり、7〜8mmにスライスし、断面に塩と砂糖を振る。

3.トマトとモッツァレラチーズを重ね、オリーブオイル、ワインビネガーをふりかけ、紅茶を振る。

文・写真=樋口 直哉

今回ストーリーに登場したワインは…

ラ・カウザ・ナランホ
750ml

ラ・カウザ・ナランホ

  • アロマティック&フルーティー

  • 2021

    2,640

    (税込)

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