チリのシャルドネ栽培の最適地は

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レポート
公開日 : 2023.6.22
更新日 : 2023.6.23
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わたしはエノテカ・オンラインでワインを買っている。


ボルドーやブルゴーニュの高額品には手が出ないけれど、「お得なワインセット」などを中心にまずまずの頻度でこの通販サイトを利用する「レギュラーランク」の会員だ。ここには品質と値段の釣り合ったワインがたくさんあって、なかでもプレミアム・チリワインの品ぞろえはピカイチだ(本音を云えば、もう少しチリワインを増やしてほしいけれど)。


そんなエノテカ通販サイトで興味深いスタッフ・レビューを見つけた。それは近藤恵仁さんのミゲル・トーレス・チリコルディエラ・シャルドネ」についての記述だ。近藤さんの書いた2020年ヴィンテージ・レビューは、

「これまでのチリ産のシャルドネといえば良く熟した果実味とフルボディの味わいがイメージとして思い浮かびますが、こちらのワインは良い意味で期待を裏切ってくれます。香りは穏やかなフルーツ香が中心で、そこに軽く炒ったナッツの風味がクセになる味わいです。フレッシュなライムのような香りも同時に楽しめ、これからの暑い季節にもよさそうです」

というもので、この近藤さんの感想を裏付けるようにミゲル・トーレス・チリの公式サイトには、

「2020年ヴィンテージのコルディエラ・シャルドネは、花の香り、ミネラル、柑橘、ライチのアロマ。みずみずしい味わいで、さわやかな酸味と塩味が感じられる」

と云っている。


はて、コルディエラ・シャルドネに限らず、一般にニューワールド産のシャルドネは、リッチな果実の旨味、とろりとした味わいが特徴だと思っていたのだが。これはどうしたことか。


このワインを造った本人に聞いてみるのが一番だろう。そういうわけで、ミゲル・トーレス・チリの醸造責任者エドゥアルド・ホルダンに尋ねた。


エドゥアルドはチリを代表する醸造家のひとりマルセロ・レタマルを助け10数年にわたって「デ・マルティノ」を造ってきたのだが、2018年、トーレス家に請われてミゲル・トーレス・チリにやってきた。いま注目を集める“新しいチリワイン”の造り手のひとりである。

エドゥアルド・ホルダン

開口一番、「2020年にシャルドネの畑をエスピナル(タバリ村)からタリナイに移した」とエドゥアルドが云った。続けて、「コルディエラ・シリーズはブドウ畑と栽培品種、つまりブドウの育った風土の特徴をしっかり表現することが狙いのワインだから、その趣旨に沿ってブドウ畑とワイン造りを見直した」という。しかもそれはシャルドネだけでなく他の品種もふさわしい畑のものに変更したらしい。


どこをどう変えたのか、分かったことを紹介する前に、コルディエラ・シャルドネの来歴を簡単に説明しておこう。


もともとはミゲル・トーレス醸造所に近いチリ南部・クリコの温暖なマケウア畑のシャルドネを使用していたが、2009年からチリ北部アタカマ沙漠の南端に位置するエスピナル(リマリのタバリ村)という畑に変更した。この畑は21世紀になってからリマリ川河岸段丘の北向き斜面に拓かれたものだ。


2015年にコルディエラ・シリーズのラベルを現在のものに変え、ラベルに畑名を表記するようになった。2018年からはタリナイ畑のブドウを少し加えたので畑名はエスピナルとタリナイを併記し、2020年にタリナイ畑100%に切り替えたのだった。


つぎにエスピナルとタリナイのあるリマリ・ヴァレーの風土性について。


南米大陸の太平洋側に位置するチリとペルーの沿岸には南極から北上するフンボルト寒流が流れている。チリ北部アタカマは世界で最も乾燥した沙漠だけれど、その沿岸部だけは寒流由来の冷たい海風が吹いてとても涼しい気候だ。


リマリは南緯31°の亜熱帯高圧帯にあって、本来は暑すぎてワイン用ブドウ栽培には向かないが、その海沿いの地域は早朝からカマンチャカという海霧に覆われて寒く、霧の晴れる午後には冷たくて強い海風が吹きこんでくる。真夏でも日中の気温は24℃~28℃、夜間は平均9℃まで下がる。ただ日差しは沙漠のそれなので紫外線はとても強烈だ。


年間降水量はわずか90mmと、ほんのお湿り程度。極度の乾燥地だから灌漑がなければブドウ樹は育たない。


ブドウ畑の土壌は河川の運んだ土砂と石ころと乾いた粘土で構成されパウダー状の石灰質と塩分を多く含んでいる。だからリマリにはシャルドネ、ソーヴィニヨン・ブランなどの白ブドウやピノ・ノワール、シラーなど冷涼気候を好むブドウが栽培されている。

午前11時。タリナイ丘陵はまだカマンチャカ(海霧)に覆われている
正午。カマンチャカが消えて沙漠の日射がリマリ川河川敷に戻った

一般にチリのシャルドネは果実味の強いものが多いけれど、リマリのシャルドネは塩っぽいミネラルの効いた、酸味のきりっとした味わいが特徴だ。


その理由は、①海洋起源のカマンチャカは水滴のうちに塩を含んでおり、これがブドウ果粒に付着すること、②ブドウの根が塩性地の土壌から塩分を吸いあげること、などがあげられる。塩っぽいミネラルはシャルドネだけでなくピノ・ノワールやシラーにも感じられて、リマリのワインの味わいの特徴と云われている。


リマリに冷涼品種が導入される前は、海霧の影響を受けない内陸部の暑い平地に蒸留酒ピスコ用のモスカテルや生食用ブドウが栽培されていた。エスピナル畑のあるタバリ地区は沿岸部と内陸部の境目に位置している。はじめはここにシャルドネを植えたのだが、近年はシラーに植え替えることが多くなった。そして沿岸丘陵のタリナイの開拓が進み、ここにシャルドネと並んでピノ・ノワールが栽培されている。


フランスの場合はタン・レルミタージュにシラーが、ボーヌにシャルドネとピノ・ノワールがあるのと似ている(タンとボーヌは200km以上も離れているけれど)。


冷たい太平洋へと注ぐリマリ川は河口付近に近づくほど気温が低くなり、暖かい地中海に注ぐローヌ川は海に近くなると暑くなる。リマリのワイン用ブドウはフランスに倣って品種と気温の最適な組み合わせを見つけて栽培されるようになっている。


話をコルディエラ・シャルドネに戻そう。


エドゥアルドは2020年にシャルドネをエスピナル産からタリナイ産に変えた。エスピナルは海から29kmほど内陸に入ったリマリ川沿いの斜面だが、タリナイは沿岸丘陵の只中の斜面で、海から12kmの立地。二つの畑の隔たりはわずか17kmだが、されど17kmである。


両者の平均気温と海の影響の多寡には大きな違いがある。夜間に冷たい海で発生したカマンチャカ(海霧)は、朝にかけて内陸へと忍び込み、強い朝日を受けて上部から蒸発し消えていく。霧が垂れこめている間、ブドウ畑はひんやり寒く、真夏でもダウン・ジャケットがほしいほど。午前10時を過ぎるころエスピナルの霧は徐々に晴れはじめるが、タリナイ丘陵には昼過ぎまで居残る。そしていつでも海からの寒風が吹きつける。つまり、エスピナルとタリナイは、リマリ・コスタ(リマリ沿岸部)という同じDO(ブドウ原産地)の中にあるけれど、タリナイの方がずっと冷涼な環境だ。


誤解を恐れずに云うならタリナイとエスピナルは、シャブリとマコンほど違う。エドゥアルドはシャルドネ栽培の最適地をタリナイに見出したのだと思う。

リマリの地図

エドゥアルドになって変わったことがもうひとつある。それはオーク樽の使い方だ。


コルディエラ・シャルドネは、2016年ヴィンテージまでオークの小樽で発酵・熟成させており、その半分量近くをヌヴェール産の新樽が占めていた。だからオーク樽由来の風味が強かった。ところが、2020年ヴィンテージからブドウそのものの風味を生かそうと、半量をステンレスタンク、半量を古いオーク樽で発酵させることにした。そして、これらを混ぜ合わせ、小樽に入れて熟成させている。


これではっきりした。「2020年コルディエラ・シャルドネ」の様変わりは、その年の気象条件の特徴、つまりヴィンテージに拠るものではない。


造り手が変わり、畑が変わり、ワイン造りが変わったことに起因するものだ。コルディエラのスタイルそのものが「新しいチリワイン」のそれに変貌したのだと思う。


ちなみにシャルドネだけでなくカベルネ・ソーヴィニヨンなどコルディエラ・シリーズのすべてが2020年ヴィンテージから新しく生まれ変わっているとエドゥアルドは云う。


コルディエラCordilleraはスペイン語で「山系」を意味する。「コルディリェラ」か「コルディジェラ」と発音するようだが、日本人にはとても難しく舌を噛みそうになるので、エノテカは「コルディエラ」と読みやすい商標にしているのだと思う。


チリのワイン用ブドウ農業は、アンデス山脈と沿岸丘陵という二つの山系(コルディリェラ)に挟まれた中間の平地(エントレ・コルディリェラス、カリフォルニアに倣ってバジェ・セントラルともいう)でながらく営まれてきた。しかし、シャルドネやピノ・ノワールの栽培にはブルゴーニュのように冷涼な環境が必要だとわかって、その畑は冷たい海から霧と風の吹き込む沿岸丘陵(コルディリェラ・コスタ)へと移動した。


エドゥアルドが見つけたリマリ・ヴァレーのタリナイ畑はシャルドネ栽培の終着駅なのだろう。

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