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シャトー・ムートン・ロスチャイルド物語 アートラベルの秘密

葉山 考太郎
葉山 考太郎
ワインの豆知識
公開日:2021.12.23
更新日:2022.5.28
シャトー・ムートン・ロスチャイルド物語 アートラベルの秘密

毎年、ラベルのデザインを変えることで世界的に有名なのが、ボルドー・メドック地区・ポイヤック村の1級シャトー、ムートン・ロスチャイルドです。


このコラムでは「なぜ毎年、ラベルのデザインを変えるようになったか?」を推理します。

目次

ワイン愛好家の夢

五大シャトーの1つとして、銀河系で最高の栄誉を受けているのがムートンで、アートラベルのシリーズは1945年にスタートしました。


同年から最新のボトルまで、全てを収集するのが世界の「ワイン愛好家」の夢とも言えます。


さて、全て揃えるのにいくらかかるのでしょうか?2015年2月2日のサザビーズ社のオークション@香港では、1945年から2012年までの66本(1958年と1963年は欠番)のワインに、予想落札価格の3倍となる37万6900ドルの値が付きました。


ボルドーの需要が高騰している今、「コンプリート」はおそらく5,000万円ぐらいでしょうか。


ムートンの面白いところは、通常のワインは良いヴィンテージが高価で、不良年は安くなるのですが、ムートンではその逆になること。気候不順の年は、ブドウの出来が悪く収穫量も少ないため選別も厳しいのです。


ワインの生産本数は良年の1割前後と僅少となり、熟成が期待できないので若いうちに飲んでしまい、ほとんど残りません。雀の冷や汗ほどの少ないワインをコレクターが買い漁るため、不良年のムートンは非常に高価になります。

なぜ、毎年ラベルの絵を変えるようになったのか

なぜ、ムートンがラベルの絵を毎年変えるようになったか?


評論家は「ワインと芸術の融合」と言っていますが、伏線となっているのが「同じロスチャイルド家のラフィットに対する強烈なライバル心」だと私は推理しています。あくまでも私の推理ですが…。


ロスチャイルド財閥の創始者、マイアー・アムシェル・ロートシルトには男子が5人いました。三男がネイサン・メイアー・ロートシルト。そのネイサンの三男である、ナサニエル・ド・ロートシルト男爵は1853年にシャトー・ブラーヌ・ムートンを購入し、名前をシャトー・ムートン・ロートシルトに変えました。


ロスチャイルド家は銀行業で巨額の財をなしたのですが、フランスでは金貸しの社会的地位は低い。「富を築いたら、次は名誉」は世界共通です。そこで、「階級ロンダリング」として、芸術家やエンジニアと共に、社会の最高階層として尊敬を受けるワイン業界に参入したと思われます。


買収して2年後、まだ、荒れたシャトーの改修ができていないうちに、ばたばたと「1855年メドックの格付け」が決まり、ムートンは2級となりました。


一方、ロスチャイルド家の創始者、マイアー・アムシェル・ロートシルトの五男がジェームス・ド・ロートシルト男爵で、ナサニエルがムートンを買った15年後の1868年、シャトー・ラフィットとシャトー・カリュアドを444万フランという当時では破格の大金で競り落としました。


自分の甥が所有しているムートンは2級なので、何としても1級シャトーを欲しかったに違いありません。念願が叶ったジェームスは、競売の3ヶ月後に死去します。


ナサニエルは、自分のムートンが2級、叔父さん(伯父さんではなく)のラフィットが1級なのが気にいりません。この時から、4代に渡り「ムートン昇格大作戦」が始まります(と私は思っています)。

フィリップ男爵の革命的な一手

1922年、20歳の誕生日に4代目としてムートンを相続したフィリップ・ド・ロートシルト男爵は、ムートンの1級昇格に命を懸け、政治工作を展開すると同時に、ムートンの品質を上げて世間の注目を集めようとしました(「静」のラフィット、「動」のムートンですね)。


そして、当時のワイン業界を仰天させたフィリップ男爵の革命的な一手が「シャトー元詰め」です。


当時ワインは樽で販売し、ネゴシアンが瓶詰めをしていましたが、心掛けの良くないネゴシアンは、安いワインを混ぜたり水で薄めたりしていました。フィリップは、これでは品質を保証できないと考え、シャトーで瓶詰めすることを決意します。弱冠22歳の時です。


シャトー元詰めやドメーヌ元詰めは、今では当たり前になっていますが、当時は誰もやっていない非常に革命的なことでした。シャトーで瓶詰めするには、ボトルとコルクを用意し、ボトルを収める木箱を調達し、ラベルも貼らなければなりません。また、ボトルを保管する広大なスペースも必要となり、膨大な金と時間がかかります。

シャトー元詰め第1号のラベルを紐解く

1924年 ジャン・カルリュのラベル

シャトー元詰めにする場合、ラベル(コルクの焼印も)の記載事項が非常に重要になります。


ラベルを見れば、誰がいつ造り、どんなワインかが一目で分からなければなりません。この画期的な出来事を大々的に宣伝し、ラベルの重要性を強調するため、シャトー元詰めの第1号となる1924年のラベルは、石鹸の外箱など日用品の商業デザイナーだったジャン・カルリュに依頼し、デザイン性の高い豪華なラベルになりました。


また、「Ce vin a ete mis en bouteille au chateau(このワインはシャトーで瓶詰めした:英語なら、そのまま、This vine was put in bottle at chateau)」と大きく書きました(今は、「mis en bouteille au chateau」だけ)。


ジャン・カルリュの絵には、ロスチャイルド家のシンボルである5本の矢(5人の子供が団結する意味があり、毛利元就の「3本の矢」みたいなもの)と、羊がデザインしてあります。


いろんな本に、この絵はキュビスムの影響を受けていると書いてありますが、私には「???」。キュビスムは、セザンヌがアイデアを出し、ピカソが「完成」させた画法で、物をいろんな角度から見て描きます。


例えば、テーブルに乗った物の絵を描く場合、コーヒーカップは斜め上から見て、パンは下から見上げた形、ワイングラスは横から見た姿を描きます(なので、テーブルから物が落ちそうな絵になるはず)。


あるいは、女性の顔をいろいろな角度で5枚撮影し、5枚の写真をキチンと重ねてハサミで切り、ジグソーパズルのピースをあてはめるようテキトーに写真を選ぶと、目玉が3個ある「キュビスムの絵」になります。カルリュの絵は、一方向から見て羊を描いているので、キュビスムと言えない気がします。

まとめ

「新企画の打ち上げ記念ラベル」で気が済んだのか、翌年以降、アートラベルを採用していません。次に絵が登場するのは、21年後の1945年です。


この年は、連合国が勝利して第二次世界大戦が終わった年であり、同時に、20世紀を代表する偉大なヴィンテージになりました。


この二重の喜びを記念するため、ムートンのラベルは、戦時中、チャーチル首相がいつもポーズをしていた「勝利のVサイン」をモチーフにしたデザイン画を採用。以降、知り合いの著名な画家にラベルのデザインを依頼するようになるのです。

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葉山 考太郎
葉山 考太郎

シャンパーニュとブルゴーニュを愛するワイン・ライター。 ワイン専門誌「ヴィノテーク」、「神の雫(モーニング)」等にコラムを執筆。 2010年にシャンパーニュ騎士団オフィシエを受章。 主な著書は「クイズでワイン通」「今夜使えるワインの小ネタ(以上講談社)」、「30分で一生使えるワイン術(ポプラ社)」など

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