ワインが飲みたくなる小説『アモンティリヤードの樽』

いきなり質問です。世界初のミステリー小説は誰が書いた何という作品でしょうか? これは、推理小説ファンの間では有名な問題ですね。

いろいろな説がありますが、一般的な正解は、エドガー・アラン・ポー(1809年 – 1849年)が1841年、『グレアムズ・マガジン』誌に発表した『モルグ街の殺人』です。この短編では、人類史上初の名探偵、オーギュスト・デュパンが登場し、パリで起きた密室殺人事件を鮮やかに解決します。

コナン・ドイル(1859年 – 1930年)は、デュパンをモデルにして、「シャーロック・ホームズ」シリーズを書きました。コナン・ドイルは、日本では、人気漫画、『名探偵コナン』の元になっています。

私の中で、短編ミステリーの名手トップ3は、エドガー・アラン・ポー、ウィリアム・アイリッシュ、ロアルド・ダールです。ボルドー好きの英国で生まれた作家、ロアルド・ダールは、メドックの格付け赤ワインのブラインド試飲によるギャンブルを書いた『味』で有名ですね。本コラムでも取り上げました。

元祖、ミステリー作家にして短編の名手、ポーの作品の中で、私がトップ3と思うのは、『黒猫』、『大鴉』、『アモンティリヤードの樽』です。

今回は、「ワインが飲みたくなる小説」として『アモンティリヤードの樽』を取り上げます。

ポーの傑作『アモンティリヤードの樽』

『アモンティリヤードの樽』に登場する人物は短編らしく、「私(モルトレゾール)」とフォルトゥナートの二人だけです。「私」は、さんざん煮え湯を飲ませ、侮辱の限りを尽くしたフォルトゥナートに復讐をすることにしました。

フォルトゥナートは古いワインが大好きで、目利きでもあります。年代物のアモンティリヤードの大樽を買ったが、本物かどうか鑑定してほしいと言って、フォルトゥナートを自宅の地下室へ誘い込みます。

謝肉祭の夜なので召使いや執事には休暇を取らせ、邸宅には誰もいません。邸宅の地下には、壮大なカタコンベ(地下墓所)があります。

「アモンティリヤードの樽はどこだ?」と焦るフォルトゥナートをなだめ、奥へ奥へ進みます。途中で、メドックのワインを見つけますが、残念ながら、シャトー名は分かりません。

二人は松明を持ち、骸骨を積み上げた長い廊下を進みます。漆黒の闇にある湿気とカビの匂いと蜘蛛の巣の中を歩いていくと、地下聖堂に着きました。聖堂には窪んだ納骨堂があり、「私」はそこにフォルトゥナートの胴体を鎖で繋いでしまいます。動けないフォルトゥナートをよそに、窪んだ納骨堂の入り口にレンガを積み上げ、モルタルで固めていくのです。

「アモンティリヤードを飲もうじゃないか」とフォルトゥナートは叫ぶのですが、最後のレンガをはめ込むと、声は聞こえなくなります。

この小説には、『モルグ街の殺人』のような「鮮やかなどんでん返し」はありませんが、地下の洞窟に誘い込み、レンガを積み上げるまでのジワジワ迫る恐怖感、圧迫感、緊迫感はまさに「ポー・ワールド」です。

「私」が酒乱の末に黒猫を殺してしまい、その猫にそっくりの黒猫に付きまとわれる『黒猫』、人間の言葉を話す鴉によって「私」が狂気に至る様子を書いた叙事詩、『大鴉』とともに、「忍び寄る洗練された恐怖」をお楽しみください。

アモンティリヤードとは?

小説に出てくるアモンティリヤードは、シェリーの一種です。スペインで造るシェリーは、ポルトガルのポート、マデラとともに世界三大酒精強化ワインといいます。

シェリーの産地は、ジブラルタル海峡にほど近いアンダルシア州のへレスです。ちなみに、ジブラルタル海峡は、ヨーロッパとアフリカを分ける海峡で、14kmしかありません。また、ヨーロッパとアジアを分けるのがトルコのボスポラス海峡で、幅は800m~3,400m。パリの真ん中をセーヌ河が流れるように、イスタンブールのど真ん中にあるのがボスポラス海峡です。

シェリーは、白ブドウであるパロミノ、ペドロ・ヒメネス、モスカテルで造ります。出来たワインをアメリカン・オークの樽に入れ、その樽を積み上げます。シェリーの最大の特徴は、積み上げた上の樽のから下へ目減りを補う「ソレラ・システム」で造ることでしょう。

ソレラ・システムは、ワイン・エキスパートの筆記試験にも出ますので、ご存知の方も多いと思います。ワインを樽に入れて熟成させる場合、上に行くほど若いワインの樽を積みます(多いと、六段も積み上げるそうです)。

熟成年数が長い下の樽のワインが蒸発すると、上の樽から順番に目減りを補給します(ワインの約80%が目減りで空気中に蒸発するそうで、「シェリーの混じった空気を吸っているので、へレスの人は世界一、陽気なのだ」と言われていますが、真偽は不明です)。この「継ぎ足し方式」であるソレラ・システムは、シャンパーニュの名門、フィリポナやジャック・セロスでも採用しています。

シェリーで最も生産量の多いのがフィノで、アルコール度数は15%~18%、熟成期間は3年~4年の辛口です。麦藁色というか、少し色の濃い白ワイン風で、アーモンドのような香りがあり、口当たりは非常に軽快です。

圧倒的に有名なフィノがゴンサレス・ビアス社の「ティオ・ペペ」でしょう。大阪の道頓堀といえば、グリコのネオンサインが有名観光スポットですが、スペインのマドリッドにはティオ・ペペの巨大な看板があり、観光客は必ず写真を撮ります。

ティオ・ペペの大看板(2015年6月スペイン訪問時に撮影)

フィノを酸化熟成させた高級版がアモンティリヤードで、アルコール度数は16%~22%に上がります。ブルゴーニュの赤ワイン風の色で、ヘーゼルナッツのような香りが特徴的な辛口です。フィノに比べて圧倒的な凝縮感があり、「上質の酒とはこういう物を言うのだ」と思います。漆黒の地下墓地をどこまでも進んだフォルトゥナートの気持ちがよく分かります。

「ワイン通が見ないと死ねない映画」として有名な『バベットの晩餐会(1987年、デンマーク)』は、寂れた漁村の貧しい人達に、女性シェフのバベットが極上のフランス料理をふるまうのですが、静謐な映像の中で、食前酒としてアモンティリャードが印象的に出てきます(ヴーヴクリコのオレンジ色のラベルも美しく登場します)。

アモンティリヤードのおススメが、1896年創立の名門、エミリオ・ルスタウ社のシェリーです。白ワインの温度まで冷やし、白ワイン用のグラスに注ぐと、いわゆるシェリー香とヘーゼルナッツの芳香がグラスから立ち上ります。

単品でも旨いのですが、ナッツ類とも合います。是非、試していただきたいペアリングが燻製系で、スモークサーモン、ベーコン、ハムと絶妙の相性です。プレゼントする時はセットで送ると、とても喜んでもらえると思います。

食事にシェリーを合わせませんか?

シェリーの主な輸出先は、イギリス、オランダ、ドイツで、この3ヶ国で70%近くを占めます。日本は0.8%と少なく(2019年度)、日本で飲む人はほとんどいません。

したがって、日本ではシェリーは非常にプロっぽいワインで、いろいろな食事のシーンでシェリーを合わせられると、ワイン通の雰囲気が出ます。アミューズ・ブーシュから、ポワソン、ビヤンド、デセールまでを赤白ワインだけで通すのではなく、いろいろな種類のシェリーをワン・ポイントで合わせてはいかがでしょうか?

「シェリーの基本」であるフィノを冷やしてアペリティフとして飲むのは、ワイン愛好家の常識ですが、フィノは、刺身や天ぷらともとてもよく合います。特に、ヒラメなどの白身魚との相性が絶妙で、「さすが、ジブラルタル海峡のそばでできたワイン」と思います。フィノと魚介類とのペアリングは、普通の白ワインは太刀打ちできないのではないでしょうか?

甘口のモスカテルは、デザートとして単品でも絶好ですし、甘いアイスクリームと組み合わせてもよい相性です。私が感動したペアリングの一つが「モスカテルとスティルトン」です。甘いシェリーと、塩味の効いた青かびチーズは絶妙の相性です。

シェリーは、一人でゆったり本を読む時のお供としても絶好です。

エドガー・アラン・ポーの経歴

エドガー・アラン・ポーは、ボストンで生まれ、陸軍士官学校へ進学した後、ワシントンDCの西にある大都市、ボルチモアの叔母の家で居候し、文筆活動を始めます。

ボストンで生まれ、ボルチモアで活躍したポー。生地、ボストンには、ボストン・コモン(ボストンの中心にある公園で、ニューヨークのセントラルパーク、東京の新宿御苑に相当)に隣接し、ボイルストン通りとチャールズ通りが交わるエドガー・アラン・ポー広場(と言っても、ただの石畳)に、風でなびくマント姿で大きな旅行鞄を持ち大股で歩いているポーの実物大の銅像が建っています。隣には、虎ぐらい大きい大鴉(おおがらす)が羽ばたいていて、観光客は隣に立って記念撮影するのがお約束です。

ポーが世界初のミステリー、『モルグ街の殺人』を出版した1841年は、日本では滝澤馬琴が、江戸の九段坂下の庵で、痛快長編冒険小説『南総里見八犬伝』を書いていた頃です(脱稿は翌年の1842年で、28年間かけました)。滝澤馬琴は、日本で初めて「原稿料だけで生活できた作家」と言われており、とても羨ましく思います……。

名探偵、オーギュスト・デュパンは、『モルグ街の殺人』を解決した後、パリ市警から依頼を受けて、『マリー・ロジェの怪事件』『盗まれた手紙』の謎解きもしました(デュパンは、この3編にしか登場しません)。

高校生の時にミステリーにハマった私は、まず、ポーの作品を一気読みしました。以降、受験勉強をしているふりをして、図書館から毎日1冊借りて読み、おかげで、成績は急降下しました……。

昔は図書館で借りたポーの作品ですが、今は、電子図書館である「青空文庫」で携帯電話から無料で読めます(詳細は、以下の「青空文庫」を参照)。

ポーは、世界初の暗号解読ミステリーの『黄金虫』も書いており、当時の国語の教科書にも登場しました。ポーが初めてミステリーを書いたころ、ミステリー業界は「全く手付かずの大地」でした。意外なトリック、意外な犯人、意外な動機など、何を書いても全て「初物」です。

以降、みんながネタを考え尽くし、30年以上前から新ネタは売切れ状態となりました。現在のミステリー作家は「人間の内面を細やかに描く」「リアリティに徹する」など、物凄く大変です。

青空文庫

著作権が切れた国内外の文学作品を集めた「巨大な電子式図書館」が青空文庫です。ボランティアが運営しており、ここの収録した作品は全て無料でPCや携帯電話へダウンロードしたり、読めます。

約16,000もの作品があり、夏目漱石の『吾輩は猫である』、ドストエフスキーの『カマーゾフの兄弟』のような長編から、芥川龍之介の短編やシャーロック・ホームズの事件までいろいろ揃っています。

ちなみに、下記のポーの作品も自由にダウンロードしたり、読めます。また、各作品のページには、朗読サイトを検索するボタンがありますので、ワインを飲みながら作品を聞いたり、眠れぬ夜の「睡眠薬」代わりに枕元で再生するとイイかもですね。

『モルグ街の殺人』 書籍換算で55ページ前後
『マリー・ロジェの怪事件』 書籍換算で80ページ前後
『盗まれた手紙』 書籍換算で30ページ前後
『黄金虫』 書籍換算で60ページ前後

『アモンティリヤードの樽』を読みましょう

アモンティリヤードをちびちび飲みながら、ポーの『アモンティリヤードの樽』を読みませんか。

書籍として、大岡玲(あきら)が翻訳した『アモンティラードの樽 その他 (小学館地球人ライブラリー、1998年)』があります。同書には、ポーの代表作の『黄金虫』『アシャー家の崩壊』『黒猫』も収録しているので、「ポー・ワールド」を1,500cc分堪能できます。ちなみに、大岡は、『ワインという物語―聖書、神話、文学をワインでよむ (文春新書、2000年)』という本も出しているワイン好きです。

『アモンティリヤードの樽』は、青空文庫には収録されていませんが、ミステリー愛好家の「着地した鶏」氏が自分で翻訳した『アモンティリャードの樽』をネット上の以下のURLで公開しています(とてもよくできた上質の翻訳です)。

また、『アモンティリヤードの樽』に対するオマージュ、パロディーとして、「クリスタルの断章」氏が書いた『アモンティリヤードの酒瓶』も以下のURLで読めます。オチがキレイに決まっています。

自宅で過ごす時間が多いこの頃、どちらの短編も、アモンティリヤードを舐めながら、読みたいところですね。