イタリアを代表する高級ワイン、スーパータスカンの誕生秘話

サッシカイア

イタリアワインは独特の世界観をもって進化してきました。伝統と革新、土着品種と国際品種の対峙の歴史はフランスにはないものです。そのようなイタリアを知るためには、フランスとは全く異なる別の「ものさし」が必要です。

中でもスーパータスカンは、ワイン法を超越した独特なアイデンティティのもと誕生しました。今回はそんなスーパータスカンについて詳しく解説します。

独自性にこだわったイタリアのワイン法

フランスのワイン法が1935年に制定されたのに対して、イタリアでは遅れること約30年後の1963年にワイン法が制定されました。この背景には、フランスがワインで外貨を稼いでいることに目を付け、イタリアもフランスのワイン法を参考にして法律を整備し輸出を増やそうという考えがあります。

イタリアのワイン法

イタリアのワイン法は上記のように、上から「DOCG」「DOC」「IGT」「Vino da Tabola(現在はVino)」の四つに分けられました。このワイン法のコンセプトで最も大切にしたのがイタリアワインの独自性。特に、品種という観点においては上位の「DOCG」や「DOC」と認められるためにはイタリアの土着ブドウ品種を使っていなければならず、カベルネ・ソーヴィニヨンやメルロなどの国際品種を使った場合は「Vino da Tabola」と呼ばれる格下のテーブルワインに位置付けられたのです。

自由にワインを造りたい生産者

ボルゲリ風景

しかし、1970年代に入るころ「DOCG」「DOC」に認定された上級ワインの品質が著しく揺らぐような事態が発生し、消費者の信頼を失ってしまったのです。がっかりしたのは消費者だけではなく、生産者も不信感を募らせるようになりました。そんな中、法律の枠組みにとらわれずに自由な発想でワインを造ろうという生産者が誕生するようになったのです。

サッシカイア誕生

サッシカイア

ティレニア海に面するボルゲリの地で、サラブレッドの飼育をしていた故マリオ・インチーザ・ロケッタ侯爵は大のボルドーワインファン。シャトー・ラフィット・ロートシルトからカベルネ・ソーヴィニヨンの苗木を譲り受け、1940年代には趣味の延長としてボルドースタイルのワインを造っていました。

その高い品質に驚嘆した侯爵は1960年代後半には、商業ベースでワインを造ることを決意します。商業用としてリリースしたファーストヴィンテージである1968年は、アンティノリ(後述あり)で勤めていた伝説の醸造家ジャコモ・タキスによって仕込まれました。当時、ボルゲリは土着品種を使った白とロゼワインしかDOCに認められておらず、カベルネを使ったこの赤ワインはVino da Tabolaとして販売されました。

サッシカイア 成功の背景

サッシカイア

突然現れたこのVino da Tabolaワインが、世界を驚かせ拍手喝采を受けることとなったのは誰もが周知の事実でしょう。では、なぜ成功することが出来たのでしょう。天才醸造家ジャコモ・タキスによって仕込まれたこと以外にも二つの理由が挙げられます。

その秘密の一つにテロワールが挙げられます。カベルネ・ソーヴィニヨンは温暖から高温な場所を適地とするブドウ品種です。北緯45度に位置するボルドー比べると、このボルゲリの地は北緯43度に位置するためより温暖です。穏やかなティレニア海に面した地中海性気候で降雨量がぐっと減るので、成熟度の高いブドウを栽培するのに向いています。何よりもブドウがレーズンのように過熟せずに済むのは、ティレニア海から日中吹き抜ける涼しい海風のおかげです。

さらに、土壌にも秘密があります。「サッシカイア」はトスカーナの方言で「小石の多い場所」を意味します。実際、砂利を中心とする土壌で形成されており、水はけが良い土壌を好むカベルネ・ソーヴィニヨンには最適地となっているのです。専門家の間で、ボルドーよりも「より安定的な」テロワールと形容されるのはそのためです。

二つ目にモダンで衛生的な醸造工程です。ステンレス製タンクでの発酵後、マセレーションは9~15日間、フレンチオークの小樽で24ヶ月寝かしました。うち約30%は新樽です。いまでは珍しくないフレンチオークの使用ですが、当時、イタリアではクロアチアのスラヴォニア・オークが主流だったので周囲は非常に強いインパクトを受けました。

ボルゲリDOCの誕生

ボルゲリ風景

「Vino da TabolaがDOC、DOCGワインよりも高値で売れている。」

このような状況に最も不満を持ったのは誰でしょうか。それは法律をつくった役人たちです。

そしてついに1994年にはこれまでVino da Tabolaだったボルゲリの赤をDOCに昇格させることを取り決めました。もちろんブドウ品種はカベルネ・ソーヴィニヨンなどの国際品種の使用を規定したものでした。

それにしてもDOCGまで昇格させなかったというところが、イタリア政府のメンツを保ちたいという気持ちとちょっとしたプライドのようなものが垣間見えますね。

次々と誕生したスーパータスカン

サッシカイア」の成功は目を見張るものだったので、1970年代を境にそれを真似て、つぎつぎと新しいワインを造る生産者が登場しました。

例えばアンティノリは、サンジョヴェーゼにカベルネ・ソーヴィニヨンを少量ブレンドして「ティニャネロ」を1971年にリリース。またカベルネ・ソーヴィニヨンをベースにサンジョヴェーゼをブレンドしたワインも「ソライア」として販売し始めたのです。

それ以外にもフレスコバルディの造る「ルーチェ」なども耳にしたことがあるのではないでしょうか。

まとめ

ワイン法という観点では、混乱を招いたスーパータスカンですが、イタリアの産地としてのポテンシャルを世に知らしめ、技術の高さを認めさせることとなりました。

また、スーパータスカンの誕生は生産者自体にも大きな励みを与えたことは間違えないでしょう。こうした造り手が次々と誕生した1970年代はイタリアワインのターニングポイントとして語り継がれているのはそのためです。