世界中のブドウを襲った害虫「フィロキセラ」とは?

ブドウ畑

19世紀に世界中のブドウを襲った害虫「フィロキセラ」をご存知ですか?

ワインを語る上で外せない存在であり、ワインの造り手たちがフィロキセラと長年戦い続けた結果、現在のブドウ栽培が確立されています。今回は、このフィロキセラの歴史や造り手たちが行った対策法など、フィロキセラについてご紹介したいと思います。

フィロキセラとは?

ブドウ

フィロキセラは日本名でブドウネアブラムシと言い、正式な学名を「Dactylasphaera Vitifoliae」(ダクティラスファエラ・ヴィティフォリエ)と言います。

アメリカ東海岸が原産で、ほとんど目に見えないほど小さく、根や葉に寄生した幼虫が樹液を吸って成長しブドウを枯死させます。これにより、フランスに関してはワイン生産量の2/3を失うこととなり、多くのワイン産地が大打撃を受けました。

ブドウを侵す病には他にもベト病やウドンコ病がありますが、フィロキセラはブドウの根に寄生していたために薬剤を散布することができず、対策は難航しました。

フィロキセラの歴史

出来事
1863年 フランスのコート・デュ・ローヌ地方でフィロキセラが発見される
1873年 アメリカ・カリフォルニア州のソノマでフィロキセラが発見される
1874年 ドイツ中西部のボンでフィロキセラが発見される
1878年 スペインの南部・マラガでフィロキセラが発見される
1879年 イタリアのシチリア島でフィロキセラが発見される
1882年 日本の東京・三田育種場でサンフランシスコより購入したブドウにフィロキセラが確認される
1894年 イタリアで、フィロキセラ耐性のある穂木を台木にすることでフィロキセラ禍を解決する
1897年 ニュージーランドの北島・ホワカピラウでフィロキセラが発見される
19C後半 フランスでアメリカ産台木にフランス産穂木を接ぎ木し、フィロキセラ被害を食い止めることに成功
19C後半 フィロキセラで害にあった多くの栽培家や醸造家がチリに移住する
1902年 ニュージーランドでは、ロメオ・ブラガードが接ぎ木によりフィロキセラ禍を終結させる
1910年 1960年代よりフィロキセラに悩まされた南アフリカで接ぎ木技術が採用され、虫害が解決する

フィロキセラ対策

ブドウ畑

アメリカに派遣されたフランス・モンペリエ大学のジュール・エミール・プランション博士が、アメリカ原産ブドウであるリパリア種、ルペルトリス種、ベルランディエリ種の根に、フィロキセラ耐性があることを発見。フィロキセラは元々フランスで栽培されていたヴィニフェラ種のブドウが大好物でしたが、これらのアメリカ原産ブドウには寄生しないことがわかりました。

この事実から、アメリカ原産のブドウを台木にし、これまで栽培されてきたヴィティス・ヴィニフェラ種を穂木として接ぎ木するという対策法を実施。長い間生産者たちを悩ませたフィロキセラたちは、ようやくブドウ畑から撤退していったのでした。

台木の特徴と交雑

アメリカ原産台木には以下のような特徴があることがわかっています。

リパリア種

湿った土壌に強く石灰質の土壌に弱い。早熟性で収穫は少なめ、根は浅めである。

ルペストリス種

乾燥した土壌に強いが石灰質の土壌に弱く晩熟性で、寒さへの耐性があり根は深めである。

ベルランディエリ種

簡素土壌や石灰質の土壌に強く、強靭。しかし挿し木すると芽が出にくい。

それぞれが一長一短の特徴を持っていたために、ヨーロッパのブドウ産地に合わせて品種を交雑させ、土地に合った台木の作出が行われました。

現在はリパリア種とルペルトリス種の交雑種である「3309」「101-14」、ベルランディエリ種とリパリア種の「SO4」「5BB」などがあり、より良いブドウを生み出すためにクローン選抜が行われています。

プレ・フィロキセラ

ブドウ

フィロキセラによって多くのワイン産地が壊滅状態に押しやられましたが、中にはフィロキセラの害に合わなかった土地もあります。

有名なのはチリ、オーストラリアの南オーストラリア州などですが、被害に合った国でも局所的に被害を受けなかった畑が各地にあります。

シャンパーニュ・メゾンであるボランジェは、フィロキセラの害がなかったブドウ樹から造られたシャンパンは「ヴィエイユ・ヴィーニュ フランセーズ ブラン・ド・ノワール」として販売されています。このようなフィロキセラ禍以前の台木のブドウはプレ・フィロキセラと呼ばれ珍重されています。

まとめ

実はフィロキセラ禍により台木が変わってしまう前のワインは、今よりもずっと重く感じられる味わいだったと言われています。それゆえに、接ぎ木したからこそ素晴らしいワインの数々が生まれたという説も一部ではあります。

果たしてフィロキセラにどんな目的があったのかは定かではありませんが、彼らの食欲を満たしたことが、今日のワインの地位獲得に繋がっているとしたら、何とも皮肉なことですよね。

参考:『2018 ソムリエ協会教本』一般社団法人日本ソムリエ協会    堀賢一『ワインの自由』集英社