大切な人との特別な食事での1杯も、疲れた1日の終わりに飲む1杯も、ワインはその時の気持ちに寄り添い、心を豊かにそして落ち着かせてくれる存在です。
また1杯のワインがいつもの日常にちょっとだけ彩りを与えてくれます。
そんなワインのある暮らしを覗いてみませんか?エノテカスタッフの生活に馴染んだワインのある暮らしをお伝えします。
著:干場 豊
ワインショップ・エノテカ 大阪店スタッフ。 生まれも育ちも大阪の、生粋の大阪人。 大学生の時、友人から誕生日プレゼントにボルドーワインをもらったことがきっかけでワインの世界へ。 ワインと同じくらいコーヒーが好きで、ハンドドリップで入れた一杯を楽しむのが朝のルーティン。
「この小説面白いよ。読んでみる?」
三度の飯より本が好きというくらい読書家で有名な先輩が、ある日差し出してきたのは、村上春樹の『海辺のカフカ』でした。
当時大学3年生だった私は、それまで本を読む習慣がなく、小説にもさして興味はありませんでした。しかし、この先輩がおすすめするならきっと面白いのだろうと、本を借りてみることにしました。
最初は小説を読み慣れていなかったため、難解なストーリーに苦しむことも多かったですが、段々と慣れてくると、文章の独特なリズムや表現に引き込まれ、物語の世界に没頭できるように。
気付けば自分が物語の一部になったような錯覚に陥り、ページをめくる手が止まらず、最後まで一気に読み終えました。
このときの物語への没入感と、読了後のふわふわとした非現実感に、小説ってなんて面白いんだろう!と興奮したことを覚えています。
この体験をきっかけにすっかり小説の虜となった私は、4年以上経った今も、暇さえあれば小説を読んでいます。
特に休日は、気になっていた新刊を読むために1日の大半を読書に充てることもあり、これが僕にとっての至福の時間となっています。
つい先日、2023年本屋大賞を受賞した『汝、星のごとく(凪良ゆう・著)』を読みました。
瀬戸内の島を舞台に始まる物語なのですが、最近読んだ小説の中で最も胸が熱くなった1冊です。
そして、この読書タイムに欠かせないのがボルドーワインです。
決してお酒が強いわけではない私ですが、読書中にワインを飲んでみたらより小説の世界に入り込めたような気がして、それ以来ワインが欠かせません。
時間をかけて飲んだ時に1番変化を感じたのが、白ワインでもスパークリングワインでもなくボルドーの赤ワインだったので、いつも必ず若いヴィンテージのボルドーワインを選びます。
読み始めと共にワインを抜栓すると、はじめはかたい印象だったものも、時間が経つにつれて段々とやわらかい印象に。若いヴィンテージで感じがちな酸味やタンニンも、だんだんと穏やかになっていきます。
香りもカシスやブルーベリーなどのフルーツの香りに加えて、スパイスやチョコレート、コーヒーなどを感じ、複雑さが増していきます。
このワインの変化がまるで、時間と共に主人公の心境に変化が現れ、さまざまな登場人物が出て物語が複雑になっていく……そんな小説のストーリーのようだなと思うのです。
物語もワインも時間をかけてゆっくりと、けれども確実に変化していき、読了後は二つの世界観にしばらくボーッと浸ってしまいました。
これだからやっぱり小説とワインはやめられません。今更ながら、あのとき小説の面白さを教えてくれた先輩に感謝しなくては。
そういえば先輩は、最近どんな本を読んでいるのだろう。久しぶりに連絡をとってみようっと……。
これが私のワインのある暮らしです。