ワインが飲みたくなる映画『ニキータ』

多くの映画マニアから高評価を受けた映画だけど、あらすじを聞いたら全く食指が動かず、でも熱烈な映画愛好家である友人から「見ないと絶対に損をするよ」と脅されて、ダメモトで見たところ「これは素晴らしい」と驚いた作品が私の人生で2本あります。

それが宮崎駿の『となりのトトロ』とリュック・ベッソンの『ニキータ』です。今回は、ベッソン監督の出世作『ニキータ』と取り上げます。

ベッソン監督は、小道具の使い方が物凄く上手く、特に『ニキータ』ではシャンパーニュと銃に対するマニアックなこだわりが見えます。『ニキータ』でのシャンパーニュは『007 ロシアより愛を込めて』で登場するシャンパーニュと同じぐらい、ストーリーで非常に重要な役を演じます。どちらも、テタンジェのコント・ド・シャンパーニュなのは偶然の一致でしょうか?

今回は、シャンパーニュに焦点を当てて『ニキータ』を解説します。ベッソン監督は、シャンパーニュが登場するシーンで大きな勘違いをしていてそこもしっかり突っ込みます。

フランスとアメリカのバイオレンス映画の違い

リュック・ベッソン監督(※1)の話題作、『ニキータ』のストーリーを40文字で書けとの試験問題が出たら、「女暗殺者の教育を受けたニキータが任務を遂行しながらも真の愛に目覚める」と、食欲の起きないチャラい答えになります。これが、私が『ニキータ』を見なかった最大の理由でしたが、実際に見て一発でベッソン監督にハマります。

以降「あらすじだけで映画を見る・見ないを判断してはならない」と痛烈に感じました。

『ニキータ』をはじめ、ベッソンの作品は、絶妙のカメラワークで緊張感を盛り上げる一方、成熟した名監督の雰囲気も出ています。若いヴィンテージで、タンニン分がたっぷり乗っているのに、官能的な熟成香が出ているブルゴーニュの赤、例えばヴォギュエのミュジニーみたいな雰囲気があります。

『ニキータ』はバイオレンス映画で、バイオレンス映画といえばアメリカが本家ですね。フランス人のベッソンが作ると一風違った雰囲気に仕上がります。同じシャンパーニュでも、三銃士のように男臭いボランジェと、貴婦人のようなテタンジェのようなもの。

アメリカ版のバイオレンス物とフランス製を比べると、次のような違いがあります。

アメリカ版 フランス版
主人公の
服装
ジーンズ イブニング・ドレス
主人公の
経歴
離婚歴が1回以上あること 未婚であること
カーチェイス シボレーが激突して火を噴くくらいハデなものが最低2回。 ベンツのタイヤを2回きしませる程度に留めること。
銃撃戦 最低10分に1回。
武骨なレボルバー、ショット・ガン、マシンガンを使うこと。
あっても良いが、2回まで。
デザートイーグルみたいな自動拳銃や、 ステア―AUGのような最先端のライフルを使う。
裁判シーン 裁判官は必ず黒人の女性で、弁護士は白人男性にすること。 裁判官は男性。必ず白いカツラをかぶせること。
食べ物 ハンバーガーが基本。時々ピザを交えて変化をつける。 最低2回は高級レストランで食事をさせること。
飲み物 自動販売機のコーヒー。一度は故障させること。
また、飲むたびにマズいと文句を言わせること。
ワインかシャンパーニュ限定。
絶対に水を飲ませてはならない。(ただし、溺れたときは可)
終わり方 ハッピーエンドが基本。
全ての謎にきちんと説明がつき、観客はスッキリして家路につく。
一応、終わるが主人公は新たな試練に向かう。
観客は「人生って切ないね」としんみり家路につく。

『ニキータ』は、ベッソンの4作目で、1990年に監督をした作品。バイオレンス物ながら、見終わったあと、人生の重さを考えさせるところがいかにもフランス風ですね。

(※1)1959年パリ生まれ。デビュー作は24歳のときに作った『最後の戦い』。セリフのないSF映画で、野心的な作品として注目されます。以降、深海の素潜り映画の『グラン・ブルー』、殺し屋と少女のコンビを描いた『レオン』、地球救助のSF『フィフス・エレメント』などを撮りました。

ベッソンの最初の妻は、本映画でニキータを演じたアンヌ・パリロー、2番目が『フィフス・エレメント』の主演女優、ミラ・ジョヴォヴィッチ、3番目は『レオン』に出演したマイウェン・ル・ベスコと、ここまで「監督と出演女優」という「映画界にありがちなカップル」でしたが、現在の妻、ヴィルジニー・シラはベッソン監督の作品には出演していません。なお、黒沢明が仲代達也を使い続けたように、ベッソンの映画には必ずジャン・レノが出演します。ジャン・レノは日本でも人気になり、ホンダやトヨタのCMに出て有名になりました。

ジャンヌ・モロー降臨

冒頭のシーンで、19歳の主人公、ニキータ(※2)は、クスリ欲しさに4人の男達と薬局を襲います。警察隊との銃撃戦で、ニキータは警官を射殺してしまいます。

警官殺しは重罪で、情状酌量の余地なしとして終身刑になるのですが、フランス秘密警察が、ニキータの冷静な殺傷能力に目をつけ、暗殺者として訓練します。テロリストや反政府主義者を抹殺する暗殺者として使えると判断したのです。

並の監督が、こんな破天荒なストーリーの映画を作ると「そんなこと、ありえないだろ」とリアリティがゼロですが、ベッソンの手にかかると、説得力が抜群です。

暗殺学校の上司、ボブ(※3)の監督下で、毎日訓練に明け暮れます。格闘技、射撃、話術、ハイテク機器の操作法。

(厳しい訓練に耐えられず、ボブを人質にして逃げようとしましたが、失敗。ボブはニキータの腿をピストルで打ち抜きます。傷が治ってニキータが歩けるようになり、包帯がだんだん小さくなります。)

女の武器を磨くコースの教官を演じたのが、あのジャンヌ・モローです。

1958年の『死刑台のエレベータ』から30年以上経っているのに、ますますイイ女になっていて、男達を膝まづかせる悪女のオーラが満載です。この雰囲気は、熟成させたボルドーのトップのシャトーのワインのようで、ジャンヌ・モローのはまり役ですね。

シャンパーニュを飲みながらこの映画を見る場合は、ここでコルクを抜きましょう。上映開始からちょうど25分です。

鏡の前に座ったニキータにジャンヌ・モローが囁きます。

「ルージュを引くのよ、女の本能のままに」
「限りないものが二つあるわ。女の美しさと、それを乱用すること」

ジャンヌ・モローがこう言うと、説得力が抜群。ニキータは、化粧の仕方を覚え、外見はあっという間にカッコよくなりました。

でも、動作は乱暴だし、スパスパとガニ股で歩く姿は、老練な三塁手がグラブをパタパタはたきながら守備に向かうようで、優雅さがありません。シャンパーニュではなく、アブサンやウォッカが似合いそうです。

ジャンヌ・モローの教育は続きます。

「気品の定義は?」
「わからないわ」
「わからないときはほほえむの」

レッスンを重ねるごとに、粗暴な殺人者だったニキータは、シャンパーニュが似合うイイ女に変身します。

(※2)俳優はアンヌ・パリロー。ショート・ヘアーに黒のイブニング・ドレスがよく似合うスタイリッシュな女優。

(※3)俳優はチェッキー・カリョ。顔つきや雰囲気が痩せた江守徹という感じの渋い中年のオジサン。クリント・イーストウッド同様、ニコリともしない。

お誕生日の大事件

この映画の1番の見所であり、ワイン愛好家の注目シーンは、ニキータの23歳の誕生日の場面です(上映開始から38分から51分)。

黒い超ミニのワンピースでドレスアップしたニキ-タをボブがレストランでの食事へ誘います。

訓練3年目にして初めての外出。ベンツに乗り超高級レストランに着くと、タキシードやイブニング・ドレス姿の金持ち連中が高級ワインを飲みながらにこやかに食事をしています。クリスタルのシャンデリアが輝き、金張りの天井には一面にルネッサンス風の絵が描いてあります。

純白のテーブルクロスを敷いた席に着くとソムリエが「テタンジェのコント・ド・シャンパーニュ、ミレジメでございます」と言いながら、アイスバケツに入れたシャンパーニュを見せます。

これは、名門テタンジェ社が作る最高級のシャンパーニュで、フランス人といえど、よほど特別なことがない限り開けません。ニキータは満面の笑みを浮かべます。このシーンを見ながら、是非、ニキータと一緒にテタンジェで乾杯してください。

お誕生日、ドレスアップ、豪華なレストラン、高価なシャンパーニュで乾杯、と来れば次は贈り物。ボブは金色の紐をかけたプレゼントを手渡します。まさに誕生日の定石スタイルですね。

紐を解き、金色の包み紙を開けると立派な木箱が出てきます。ワクワクしながら蓋を開けたニキータの表情が瞬時に凍ります。中には自動拳銃と弾装が入っていたからです。

シャンパーニュが最高なら、銃も一級品。世界最大級の破壊力を持つ銃弾を装填できる超大型のデザートイーグルで、イスラエルの名門、IMI社製です。ここもベッソン監督のこだわりポイントですね。

混乱するニキータにボブが静かに命令します。

「後ろの席にいるのは某重要人物と用心棒だ。殺せ。済んだら男子トイレの窓から逃げろ。車を用意しておく。3分でかたづけろ。俺は先に帰る」

歓喜の絶頂から地獄へ急降下。そう、これはお誕生日を祝うお楽しみのデートじゃなくて、「仕事」です。一人残ったニキータはデザートイーグルに弾を装填し、安全装置を解除して、ゆっくり標的に向かいます。

超ミニの黒いイブニング・ドレスにメタリックな大型の拳銃がよくマッチしています。事務的に引き金を3度絞ったあと、腰を落として360度グルリとピボット回転し、悲鳴をあげる客やウェイターをピストルの先で威嚇します。

冷静だったのはここまで。男子トイレへ飛び込み、窓を開けた瞬間、パニックになります。窓は煉瓦で塞がれていたからです。

すべてはボブが仕組んだこと。これは、暗殺者としての「卒業試験」でした。

ボディガードが6人、マシンガンを持ってなだれ込み、厨房で銃撃戦になります。ワインセラーの横のステンレスの流し台に弾が跳ね、皿が砕けて、ソースが飛び散ります。

ニキータの弾切れを見透かしたように、相手はロケット弾を持ち出しました。ストッキングは伝染だらけ、色っぽいドレスもボロボロ、涙でマスカラが流れています。23年間の人生で最低最悪の誕生日でしょう。

ベッソン監督の勘違い

レストランでワインをオーダーすると、ソムリエが客にボトルを見せに来ます。これがボトルプレゼンテーションで、注文したワインであることを客に確認してもらうためのもの。

「こんなの儀式だから」と考え、チラッと見て「はい、お願します」と答える人が多いのですが、私の経験では10回に1回は違うボトルが出てきた気がします。

よくある間違いがヴィンテージ違いとボトルフォーマット違い(例えば、通常の750mlのブテイユではなく、ハーフボトルを持ってくるなど)。

ボルドー地方のグラーヴ地区みたいに、同じシャトーが赤白両方を作っている場合は、ソムリエが色違いを持ってくることもあります。しっかりチェックしましょう。

この映画でも、ソムリエがコント・ド・シャンパーニュを見せに来ますが、このボトルプレゼンテーションはツッコミどころが満載で、ワイン愛好家には「???」の連続。以下、このシーンのあら探しをします。

その1:字幕は「テタンジェ・コント」ですが、セリフでは「テタンジェ・コント・ド・シャンパーニュ・ミレジメ」とハッキリ言っています。コント・ド・シャンパーニュは、ズングリしたボトルに入り、白いラベルが貼ってあります。

でも、ソムリエが見せたのは普通の形のボトルで、ラベルは金色。これは、テタンジェ社のブリュット・ミレジメ。コント・ド・シャンパーニュの下位で、値段は半分以下。ボトルの形がぜんぜん違うので、銘柄違いにすぐ気付くはずですが、ボブは「はい結構」とうなずきます。コント・ド・シャンパーニュをオーダーする人が、ボトル違いに気付かないとは考えられません。

とすると、ボブはこれから始まるニキータの「卒業試験」を心配して、ボンヤリしていたのでしょうか?

その2:ミレジメとはヴィンテージ・シャンパーニュのことです。同じ収穫年のブドウだけで作った高級品で、ボトルプレゼンテーションでソムリエは、「ミレジメ」と言わず、例えば、「1988年です」と必ず年号を言うはずです。脚本家、しっかりしましょう。

その3:映画では、ソムリエはポンと音を立ててコルクを抜きました。確かに、シャンパーニュを開けたと音で分りますが、現実にはソムリエは音を出しません。

瓶を丁寧に扱っても、何かの拍子で音がしたり、泡があふれたりするため、シャンパーニュを開けるのはソムリエには緊張の瞬間です。

その4:それにしても、「テタンジェ・コント」という字幕はいただけませんね。これじゃ意味が分かりません。

本当なら、「こちらがご注文のテタンジェ社コント・ド・シャンパーニュ・ミレジメでございます」と書きたいところ。

字幕が長いとスクリーンを見る時間がなくなるため、字幕翻訳業界には、「セリフ1秒につき4文字」という鉄則があります。俳句みたいに字数との闘い。この場合、2秒しかないので、「テタンジェです」が妥当でしょう。

ベッソン監督のお気に入り

テタンジェはベッソン監督のお気に入りらしく、『ニキータ』では、この後、ボブがアパルトマンで暮らすニキータを訪問する時(開始1時間9分)、テタンジェのノン・ヴィンテージを手土産に持って行きます。普通は、紙袋に入れますが、ボトルを裸のまま持参したのは、観客に「ここでもテタンジェを登場させた。スゴイだろ?」と強調したかったのでしょう。

ベッソン監督がテタンジェを初めて自分の作品に登場させたのが2作目の『サブウェイ(1984年)』です。

テタンジェ自体は良い選択なのに、映画での使い方が微妙にズレてると思っていたら、謎が解けました。日本の映画雑誌のインタビュー記事で、ベッソン監督が、「オレは酒もタバコもやらない」と豪語していたのです。映画での微妙なズレの原因がこれでしょうが、威張って言うことじゃないと思いますね。

勘違いの理由を推理する

なぜ、お誕生日のディナーの場面でシャンパーニュの取り違いが起きたのか、ベッソン監督、脚本家、小道具係、カメラマンになったつもりで推理しました。

①お誕生日デートのシーンは、この映画で最大の見せ場。この次は、暗殺者卒業試験で銃弾が飛び交う激しいシーンなので、それを際立たせる意味で、食事の場面は優雅な雰囲気を出したい。

②同時に、レストランで食事をする男女の優雅で少しセクシーな雰囲気も出したい。着席して、いきなりムートンは不自然だし、サンセールの白ではショボい。プロバンスのロゼは陽気すぎる。

ここは、ジェームス・ボンド式にシャンパーニュで決まりだ。

③さて、どのシャンパーニュにしようか?フランス人でも、知っている銘柄は多くても、モエ、ランソン、ポメリー、ルイ・ロデレール、ローラン・ペリエ、クリュグ、テタンジェ、ヴーヴ・クリコ、ボランジェの9種くらいだろう。

④ボランジェは男性的すぎるし、クリュグは通っぽくて不自然。ヴーヴ・クリコでもいいが、いきなり「未亡人」は可哀相。モエ、ランソン、ポメリーはよく見かけるので、神秘性に欠ける。ルイ・ロデレールは円熟したマダムのイメージだし、ローラン・ペリエは颯爽とした青年。となると「最もエレガントなシャンパーニュ」のイメージがあるテタンジェで決まり。

じゃあ、テタンジェの最高級シャンパーニュは、えーっと……(パラパラと本を調べ)コント・ド・シャンパーニュか。よし、これで行こう。

⑤小道具係がコント・ド・シャンパーニュを買いに酒屋に行ったところ、店では「夏だ、バカンスだ、シャンパーニュだ」とセールの真っ最中。

テタンジェのミレジメが1本58ユーロで並んでいる。「よし、金曜日に彼女と飲もう」とワイン好きの小道具係は、ついでに自分用にミレジメも買い、撮影現場へ向かいます。

⑥コント・ド・シャンパーニュのボトルを見たカメラマンは「官能的な雰囲気を出したいけれど、このボトル、エラが張ってゴツゴツしててジャンポール・ベルモントみたいだなぁ」。

そのとき眼に入ったのが、小道具係が自分用に買ったミレジメ。撫で肩のボトルに金色のラベル。「これの方がイメージにピッタリだ」とカメラマンは勝手にミレジメを使うことにしました。

⑦この変更が脚本家に伝わらず、俳優の誰もテタンジェは知っているが、コント・ド・シャンパーニュとミレジメの違いを知らず、セリフと実物が異なる結果に……。

以上、私の勝手な妄想ですが、『ニキータ』では、こんな「シャンパーニュの勘違い」がいささかの疵にもならず、ベッソンを一挙に「世界ブランド」へ押し上げました。それが、名手の証拠ですね。

 

『ニキータ』は、シャンパーニュ愛好家の必見映画です。土曜日の午後、シャンパーニュを1本用意して、ゆったりご覧ください。