今回、ご紹介する「ワインが飲みたくなる映画」は、映画の人気投票をするとトップ10入りが確実な超有名映画『カサブランカ(1942年)』です。甘く切ないラブストーリーの名作ですね。
本作品は、著作権が切れており、アメリカでも日本でも、パブリック・ドメインとなっています。いわば、人類の共有財産的な恋愛映画です。
恋愛映画と言いながら、本作品には、お酒がたくさん出てきます。シャンパーニュをはじめ、これほどいろんな種類のお酒が登場する映画は見たことがありません。
切ないラブストーリーではなく、お酒の映画として見直すと、新しい発見がたくさんあります。
是非、映画に登場するお酒を飲みながら、土曜日の午後にゆったりと鑑賞していただければと思います。よく冷えたシャンパーニュは欠かせません。
『カサブランカ』のレトロ感満載のポスター
G.H.マムで乾杯するわけ
本作品で最も有名なシーン。G.H.マムのラベルがしっかり正面を向いています。
この映画で圧倒的に有名なシーンは、リック・ブレイン役の男くさいハンフリー・ボガートが、イルザ・ラント役の絶世の美女、イングリッド・バーグマンに「君の瞳に乾杯(Here’s looking at you, kid)」と言ってシャンパーニュを飲むシーンですね。(脚本家がよほど気に入ったのか、全部で5回も言わせています。)
この時に乾杯したシャンパーニュがG.H.マムのコルドン・ルージュです。(GHは、英語読みだと「ジー・エイチ」ですが、ワイン関係者はフランス語風に「ジェ・アッシュ」と読みます。)
映画は白黒なので色は分かりませんが、実際のシャンパーニュのボトルには、斜めに赤い襷が入っています。
歴代のコルドン・ルージュのラベルが以下で、デザインが変わっても、シンボルとして斜めの赤い襷が入っています。私には、真ん中のラベルに馴染みがありますが、数年前、右の写真のように、印刷ではなく、ボトルに凹みを入れて赤く塗ったバージョンに替わりました。
なお、この「赤い凹み」は、親指がすっぽりとはまりボトルが非常に持ちやすく、意外にいいアイデアだと思います。
左から『カサブランカ』撮影の頃のラベル、1世代前のラベル、現在のボトル
ではなぜ、この映画でコルドン・ルージュを使ったのかですが「フランス人の愛国心を煽り、『フランス、頑張れ!』とのアメリカからのメッセージを伝えるため」とのことです。
コルドン・ルージュは、フランス語で「勲章の赤い襷」の意味で、ラベルの赤い襷を見て、フランス人が真っ先に連想するのがフランス最高の勲章、レジョン・ドヌールの襷とのこと。
今でもガチガチの階級社会であるフランスでは、最高位の勲章がレジョン・ドヌール勲章で、さらに、この中には、下からシュヴァリエ、オフィシエ、コマンドゥール、グラントフィシエ、グラン・クロワの5段階があります。
最高位のグラン・クロワの正章が、右肩から斜め下にかける幅の広い赤の襷です。赤い襷をかけて正装した要人の姿は、まさに、コルドン・ルージュのラベルですね。
『ボヴァリー夫人』を書いた作家、ギュスターヴ・フローベールが1866年に受章した時、「馬鹿にしながらも欲しくて仕方がない。手に入れると、別に頼んだわけじゃないとみんな言う」と述べていて、フランスにおけるレジョン・ドヌール勲章への思いがよく分かりますね。
で、叙勲を拒否すると、マスコミが大騒ぎします。レジョン・ドヌール勲章を拒否した有名人には、画家のギュスターヴ・クールベ、作家のギ・ド・モーパッサン、作曲家のモーリス・ラヴェル、ノーベル物理学賞を受賞したマリー・キュリー、ノーベル文学賞を受けたアルベール・カミュ、女優のブリジット・バルドーとカトリーヌ・ドヌーヴなど、大勢います。よくも悪くも、レジョン・ドヌール勲章はフランスそのものです。
フランスは、勲章にかけては太っ腹な国で、フランスの文化や経済に貢献した外国籍の人にも与えています。「原価が数百円の勲章でフランスの味方をしてくれるならいくらでもあげるよ」と思っているのでしょうか。ワイン関係者では、ロバート・パーカーの受章が有名ですね。
日本人の受章者も多く(外国籍受章者の10%)、『ベルサイユの薔薇』を描いた漫画家の池田理代子、映画監督の北野武(ビートたけし)ももらっています。
2014年、27代目カナダ総督に就任したミカエル・ジャン(真ん中)がグラン・クロワを受章。グラン・クロワの第一印象は、コルドン・ルージュですね。襷の右横の金色の勲章が副章です。在カナダフランス大使館広報より
『カサブランカ』は、アメリカのワーナー・ブラザーズが製作し、1942年に封切りしました。この頃、世界は激動の時代で、1939年に第2次世界大戦が始まり、翌年にはパリが陥落してドイツに占領されてしまいます。
とりあえず、臨時政府をパリではなくボルドーに置き、数ヶ月後ヴィシーに移します(ヴィシーに一番近いワイン産地がマコンで、マコンの西に120kmにあります)。これが、いわゆるヴィシー政府で、1944年まで続きます。
『カサブランカ』は、ヴィシー政権下のストーリーです。ヴィシーは、冷たいスープのヴィシソワーズで有名ですね。
アメリカが第二次世界大戦に参戦したのが1942年で、『カサブランカ』の封切りも同じ年。そんな慌ただしい年に、よく映画を撮影する精神的余裕と金があったなぁと驚いたのですが、事実は正反対だそうです。
いろいろな研究者によると『カサブランカ』は、アメリカの政府機関である戦時情報局の命を受けて作った「戦意高揚のためのプロパガンダ」とのこと。
ドイツ軍に占領されて凹んでいるフランス人に元気を届けたい。そんな思いを込めて、ハリウッドが作った映画が『カサブランカ』だそうです。
舞台は、アフリカのフランス領、モロッコの街「カサブランカ」。基本的には、ハンフリー・ボガードとイングリッド・バーグマンのラブストーリーですが、酒場でフランス国歌である『ラ・マルセイエーズ』を大合唱するなど、ドイツの軍人を地味にボコボコにしています。
で、何度も出てくるシャンパーニュが、フランス人の誇りともいえるレジョン・ドヌール勲章を模したGHマムという訳です。
「日本頑張れ!」の映画なら、富士山や日の丸を登場させる感じでしょう。
有名な台詞が満載
アメリカ映画協会が、1,500人の映画関係者からアンケートを取って、映画の名台詞のトップ100を2005年に公開しました。
1位が『風と共に去りぬ(1939年)』でレッド・バトラー役のクラーク・ゲーブルの言った「オレには関係ない(Frankly, my dear, I don’t give a damn)」でした。日本で、この台詞が話題になることはなく、英語と日本語の語感の違いを痛感しますね。
100位以内に入った台詞の映画で、圧倒的に多いのが『カサブランカ』の6件でした。この六つを上位から紹介します。
第5位「君の瞳に乾杯(Here’s looking at you, kid)」
リック・ブレイン役のハンフリー・ボガートがシャンパーニュを飲みながら言う台詞で、この映画で5回も言っています。マムを飲まずに言う場面もあります(詳細は後述)。
第20位「ルイ、これが友情の始まりだな(Louis, I think this is the beginning of a beautiful friendship)」
リック・ブレイン役のハンフリー・ボガートの台詞。日本では、あまり印象に残る台詞ではありません。
第28位「あれを弾いて、サム。『時の過ぎ行くままに』を(Play it, Sam. Play ‘As Time Goes By)」
イルザ・ラント役のイングリッド・バーグマンの台詞。ピアニスのサムが、ボロボロのアップライト・ピアノで『時の過ぎゆくままに』を弾きます。この曲は『カサブランカ』のテーマ曲として有名ですが、実は、昔からあるスタンダードです。
第32位「いつもの要注意連中を一斉検挙だ(Round up the usual suspects)」
ルイス・ルノー署長役のクロード・レインズの台詞。これも、日本では誰も知りませんが、アメリカでは「usual suspect」はよく聞きますし、1995年には『ユージュアル・サスペクツ』という映画まで出ています。
第43位「君と幸せだったパリの思い出があるさ(We’ll always have Paris)」
リック・ブレイン役のハンフリー・ボガートの台詞。上に同じ。
第67位「世界には星の数ほど店はあるのに、彼女は俺の店に(Of all the gin jointsin all the towns in all the world, she walks into mine)」
リック・ブレイン役のハンフリー・ボガートの台詞。これも日本では話題になりません。
日本とアメリカでは、語感が全く異なりますね。この映画では「君の瞳に乾杯」の次に日本で有名なのが、イルザ役のイングリッド・バーグマンと、リック役のハンフリー・ボガートがブランデーを飲みながらの次の会話です。
イルザ:昨日はどこにいたの?
リック:そんな昔のことは覚えていない
イルザ:今夜、会える?
リック:そんな先のことはわからん
『カサブランカ』で登場するお酒の一覧
この映画には、たくさんのお酒が出てきます。何が出てくるかをシーンとともに時系列で解説します。お酒が出てくる時間に合わせて、同じ物を飲むとスタイリッシュですね。
1.0°15′00″
カサブランカの主演女優、イングリッド・バーグマン扮するイルザが、ブランデーを飲みながら、ハンフリー・ボガードのリックに言います。
昨日はどこにいたの?
そんな昔のことは覚えていない
今夜、会える?
そんな先のことはわからん
ブランデーだからこのスタイリッシュな雰囲気が出るのです。
日本の居酒屋で焼酎を飲みながらだと、「昨日はどこにいたの?」「会社で残業だよ」「今夜、会える?」「多分、会社で残業だな」と実も蓋もない状況になるでしょう。
2.0°21′20″
ドイツ人将校がレストランで、「シャンパンとキャビアを」といい、店側が、「1926年のワインでいいのがあります」と答えます。
その後(0°23′20″)、ドイツ人将校がキャビアを食べながらリック(ハンフリー・ボガード)に聞きます。「国籍は?」「飲酒国です」
3.0°25′20″
イルザが酒場に登場して、一瞬にして酒場が鎮まります。
テーブルについたイルザが、「コアントローを」と言うと、ルノー署長が出てきて、「最高のシャンパンを。オレのツケだ」とおごります。
4.0°29′30″
ラズロ(イルザの夫)が居酒屋でシャンパ―ニュ・カクテルをオーダーします。シャンパ―ニュ・カクテルは、グラスに注いだシャンパーニュに角砂糖を1個入れたお手軽カクテルの名前で、角砂糖のせいで、派手に泡が立つところがウリです。是非、映画を見ながらお試しください。
その後(0°31′10″)、ルノー署長もシャンパ―ニュ・カクテルをオーダーします。
5.0°31′30″
イルザがシャンパーニュを飲みながら、ピアニストのサムに、『時の過ぎゆくままに』をリクエストします。
コルドン・ルージュを飲むハンフリー・ボガード、イングリッド・バーグマンと、『時の過ぎゆくままに』を弾いたピアニストのサム。ここでも、ラベルが見えています。
なお、この1927年製のこのピアノは2014年のオークションで4億円で落札されました、
6.0°39′30″
パリでの回想シーン。リックがポーンとシャンパ―ニュ(マムのコルドン・ルージュ)のコルクを飛ばし、イルザと「君の瞳に乾杯」と言います。
このシーンでもコルドン・ルージュのラベルが正面を向き、「フランス、頑張れ」のメッセージを送っています。
7.0°42′30″
パリのバーでシャンパ―ニュを飲むシーンで、「ドイツ軍が来る前にシャンパンを飲み尽くそう」と叫びます。
8.0°55′00″
いかにもモロッコという飲み屋で、フェラーリ(地下組織のボス)がバーボンをオーダーします。
9.1°02′00″
バーで、ドイツ人将校がフレンチ75をオーダーします。フレンチ75はカクテルで、ジンにシャンパーニュをブレンドし、レモンジュースを加えたもの。
ちなみに、ジンをバーボンに替えるとフレンチ95、ブランデーに替えるとフレンチ125になります。名前はフランス製の大砲に由来しています。
10.1°04′10″
ブランデー登場
11.1°07′10″
コニャック登場
12.1°12′50″
酒場で、フランス人がドイツ人に歌で対抗します。酒場の楽団が『ラ・マルセイエーズ』を演奏し、大合唱になる有名なシーンです。テーブルの上にマムのコルドン・ルージュがあるのが印象的でフランス的ですね。
13.1°25′20″
ハンフリー・ボガードが、「君の瞳に乾杯」とシャンパ―ニュなしで言います。
裏話のいろいろ
傑作映画に付き物の面白いお話しがあります。
撮影場所
モロッコの雰囲気が満載ですが、カリフォルニア州バーバンクにあるワーナー・ブラザーズのスタジオで撮影しました。
ただし、最後に飛行機で飛び立つシーンは、スタジオから外へ出て、ロサンゼルスのヴァンナイス空港での撮影です。
ハンフリー・ボガードがイングリッド・バーグマンと歩かない
イングリッド・バーグマンは、巨漢が多い北欧出身のためか、身長が178cmもあったそうです。対するハンフリー・ボガードは公称177cmながら、実際は173cmだったらしく、撮影ではマイケル・カーティス監督が苦労したそう。
二人が歩かず、座っているシーンが多いのはそのためとのこと。
字幕翻訳家の苦労
「Here’s looking at you, kid」の「Here’s ~」は、「~に乾杯」なので、正確に訳すと、「私が君を見ていることについて、乾杯しましょう」となりますが、それではロマンチックではありません。
字幕翻訳の名手、岡枝慎二が、ここを「君の瞳に乾杯」とカッコいい日本語を付けました。この字幕でなかったら、ここまで有名にならなかったでしょう。
まとめ
この映画は、単なる切ない恋愛映画としてだけではなく、お酒の映画、フランス頑張れの映画、カッコいい台詞が満載の映画など、いろいろな見方ができます。見るたびに新しい発見があります。
どんな見方をするにしろ、よく冷えたシャンパーニュを2本用意して、二人で見ることをお薦めします。『カサブランカ』に乾杯!