<img height="1" width="1" style="display: none" src="https://www.facebook.com/tr?id=123150041756204&ev=PageView&noscript=1" />

エノテカオンライン


面倒を厭わない真面目な職人技が生きるシャンパーニュ「フィリポナ」

葉山 考太郎
葉山 考太郎
葉山考太郎のコラム
公開日:2020.7.27
更新日:2021.10.18

今回、取り上げるのは、小粒ながらシャンパーニュの超名門にして老舗メゾン、フィリポナです。

山といえばエベレスト、宝石ならダイアモンド、ウィーンフィルハーモニーの大看板がカール・ベームで、モナコ王国はグレース・ケリー、ピアノトリオがビル・エバンスとしたら、老舗メゾン、フィリポナといえば「クロ・デ・ゴワセ」です。

複数の畑の複数ヴィンテージをブレンドするのがシャンパーニュの基本ですが、1枚の畑の単一ヴィンテージで造る稀少なシャンパーニュがクロ・デ・ゴワセ。ここには、フィリポナの職人技と熱い想いがそのまま詰まっています。

今回は「シャンパーニュ地方の名誉と誇り」であるクロ・デ・ゴワセに焦点を合わせ、老舗メゾン、フィリポナの職人魂あふれる姿を細かく解説します。

目次

メゾンの歴史

シャンパーニュ関連の資料やデータを読むと、フィリポナは、1697年にマルイユ・シュル・アイ村に創立したと書いてあります。

1697年は、日本では第五代将軍、徳川綱吉の平和な時代で、特に大きな事件はありません。あえて探せば、忠臣蔵で有名な大石内蔵助が38歳で、既に赤穂藩の筆頭家老。4年後の1701年、江戸城の松之大廊下にて、主君の浅野内匠頭が吉良上野介に斬りかかるとは想像もしていなかった頃です。

地図でエペルネ周辺をチェックすると、東西方向に蛇行するマルヌ川(正確には、その支流の運河)に沿って、ディジー村、アイ村、マルイユ・シュル・アイ村の3つの有名な特級の村がきちんと2km間隔で並んでいます。ディジー村にはジャクソン、アイ村にはボランジェやアンリ・ジロー、そして、マルイユ・シュル・アイ村には、フィリポナとビルカール・サルモンという老舗メゾンがぞろっと並んでいます。

フィリポナの設立年が1697年と聞くと、シャンパーニュに少し詳しい人は、「現存する最古のメゾンは、ランスにあるルイナールの1792年じゃないの?」と思いますし、フィリポナのロゴには、1522年と誇らしく表示しています。

1522年は、日本では室町時代で、織田信長が生まれたのがその12年後、豊臣秀吉は14年後、日本史の試験問題によく出る「ポルトガルから鉄砲伝来」が15年後です。そんな大昔に、フィリポナはなにをしたのでしょうか?

ルイ14世のお気に入り

フィリポナの資料によりますと、今から500年近く前、フィリポナ家の人々がシャンパーニュ地方に住み、アイ村でブドウ畑を耕していたそうです。同家の女性当主、アヴリル・ル・フィリポナが、ディジー村に近いル・レオンという場所に畑を買いました。これが1522年のことです。

アヴリルは、フランス語で4月の意味です。女の子に月の名前を付けるのは、日本でも、「さつき(5月)」とか「葉月(8月)」でお馴染みですね。

17世紀に入り、フィリポナの一族はワインの生産、流通、販売に本格的に携わり、当時のフランス王でシャンパーニュ好きのルイ14世(1638年-1715年)の御用達シャンパーニュとなります。ルイ14世の影響で、1680年代にはパリでシャンパーニュが大流行したそうです。ルイ14世は、ベルサイユ宮殿を建てたことで有名ですね。

バレエのレッスンに通った人はご存知でしょうが、「バレエは、イタリアで生まれ、フランスで育ち、ロシアで成人した」と言われています。フランスでバレエを育てた人こそ、ルイ14世です。王立舞踏アカデミーを設立したり、フランス最古の年金であるバレーダンサーの年金制度(今でも続いています)を作ったり、自分でもバレエの舞台に立ち、太陽の神、アポロに扮して踊ったことから、「太陽王(Le Roi Soleil)」と呼ばれました。

スタイリッシュなシャンパーニュと、エレガントなバレエは、絶妙の相性。バレエ好きのお友達に、「バレエを育てたルイ14世」の話といっしょにフィリポナをプレゼントすると、喜んでもらえそうですね。

設立年は?

フィリポナの創業年ですが、1697年ではなく、1910年と書いた文献もあります。どれが正しいか、いろいろ調査しましたが、はっきりしません。

現存する最古のシャンパーニュ・メゾンがルイナールの1729年であることは、あちこちの文献に載っています。有名な出来事なので、フィリポナが1697年に創立したとしても、中断した期間がありそうです。

フィリポナのウェブサイトを細かくチェックしましたが、設立年の記載はなく、1522年にアヴリル・ル・フィリポナが、ディジー村のそばのル・レオンに畑を買ったことは、大威張りで書いてあるだけです。この1522年が、フィリポナのロゴに入っていますし、「キュヴェ1522」というヴィンテージ・シャンパーニュもリリースしています。

結局、フィリポナの創業年は藪の中。「ウチのメゾンで最も重要な年は、1522年」と考えているようです。

シャンパーニュ初の銘醸畑、クロ・デ・ゴワセ

フィリポナが一躍有名になったのは1935年のことで、クロ・デ・ゴワセを購入したためです。クロ・デ・ゴワセは、5.5ヘクタールの畑。

甲子園球場は、敷地の総面積が5.4ヘクタール、うち、グラウンドの面積が1.3ヘクタール、スタンドが2,5へクタールだそうです。クロ・デ・ゴワセは斜面なので、甲子園球場の傾斜のきついスタンドを2つ分、手入れする感じでしょうか。甲子園球場の収容人数は、47,539人なので、その2倍は95,078人。一方、クロ・デ・ゴワセのブドウの植樹本数は、5万5千本前後と思われますので、手入れの規模や面倒さは似ていると思います。

クロ・デ・ゴワが有名になったのは、ここがシャンパーニュの畑で最大の傾斜であること、シャンパーニュ地方で最初の単一畑で、クロ(石の囲い)があること、畑の姿がボトルに見えることの3つです。

人気ポイントその1:急傾斜

クロ・デ・ゴワセの遠景(フィリポナのウェブサイトより)松の下にシャロン通り(D111)が通り、さらに下がマルヌ川

クロ・デ・ゴワセは、マルヌ川に沿った南向きの急斜面にあり、最大斜度はなんと45度もあります。フィリポナがこの畑を購入した時、「シャンパーニュ地方で最も急勾配の畑」として大きな話題になりました。「川沿いにある急斜面の畑」は、ドイツの銘醸畑でよく見かけますが、シャンパーニュでは珍しいと思います。

45度はどれぐらい迫力があるか?小学生は、算数の授業で2枚の三角定規を使います。直角二等辺三角形の定規の角度が45度です。小学生の三角定規を見ると、迫力はありませんが、例えば、駅の階段やエスカレータの角度は30度もありません。でも、階段の上に立って下を見下ろすと、かなりの急角度に感じるはずです。

1.5倍の45度は絶壁であり、物凄い圧迫感があります。手を使わないと登れないでしょう。一種のロッククライミング状態になります。当然、トラクターは入れません。

5.5ヘクタールもある畑の手入れは、人力と馬を使わざるを得ません(馬で畑を耕す様子は、動画としてフィリポナのウェブサイトで視聴できます)。

動画はこちらから

※端末により視聴できない場合がございますのでご了承くださいませ。

面倒を厭わず、真面目にブドウを造るというフィリポナの職人魂が、この急斜面に生きているのです。

馬と人力による畑の手入れ(フィリポナのウェブサイトより)

急斜面の畑には、どんないいことがあるのでしょうか?

「いいことその1」は、水はけがよいことです。当たり前ですが、水は、高いところから低い場所へ流れます。雨や水分が少ないことは、上質のブドウを造る上での必須条件。斜面の上にある畑は、下部の土地より良いブドウができます。

ちなみに、ブルゴーニュの有名な特級畑、クロ・ヴージョは80人以上が分割所有していて、所有者に、「畑はどの場所にありますか?」と聞くと、必ず「高いところ」と答えるそうです。

以前のクロ・デ・ゴワセのラベル(下半分に畑の遠景がうっすらと印刷してある)

最近のクロ・デ・ゴワセのラベル(畑の遠景がしっかりと描いてある)

「急斜面のいいことその2」は、日当たりがよいことです。地図を見ると、クロ・デ・ゴワセの緯度は北緯49度の北の地にあります。北海道の北端にある稚内が北緯45.5度。北緯49度はサハリンの中ほどになる北で、陽光が十分当たりません。畑が平らだと、真夏でも図1ぐらいしか日が当たりません。

一方、畑の傾斜が急で、45度もあると、同じ夏でも日照量は図2のように、赤道直下に近い86度の角度で陽光を受けられます(平らな畑に比べると日照量は√2×√2で2倍)。この理由で、ドイツやアルザスのような緯度の高い寒冷地では、南向きの急傾斜の畑で上質のブドウができますし、真夏は「顔の中の斜面」である鼻筋が最も日焼けするのです。

図2:クロ・デ・ゴワセの急斜面の日当たり(真夏)

人気ポイントその2:シャンパーニュ地方で最初の単一畑

1990年代以降、「単一畑」のシャンパーニュが増え、話題になったように思います。例えば、ネゴシアン物では、クリュッグのクロ・デュ・メニルやクロ・ダンボネ、レコルタン物では、ジェローム・プレヴォーのラ・クロズリー・レ・ベギーヌや、ユリス・コランのレ・ピエリエールが有名です。

シャンパ―ニュ地方は北にあり、寒くて陽光も足りません。育つブドウは糖度が低く、タンニン分が熟成せず、酸もきついため、かつては、上質のワインはできませんでした。

それを解決したのが、「単一畑ではなくいろいろな畑の、単一年ではなくいろいろなヴィンテージの、単一品種ではなくいろいろなブドウをブレンド」するシャンパーニュ地方独特の製法です。これにより酸が柔らかくなり、逆に美しい酸味が引き立ちました。ハーモニーの良さで聴衆を魅了する老若男女混声合唱団のようなものですね。

合唱団のチームプレーではなく、テノール独唱で勝負するのが単一畑のシャンパーニュです。当然、極上のブドウでないと、独唱で客は呼べません。

シャンパーニュ初の「テノール独唱」がクロ・デ・ゴワセです。急傾斜の畑のおかげで、日照量がたっぷりあり、上質のブドウができました。

2番目に登場した単一畑シャンパーニュが、クリュッグのクロ・デュ・メニルで、同社がその畑を買ったのが1971年。初ヴィンテージは1979年です。クロ・デ・ゴワセの30年後ということは、単一畑のブドウでシャンパーニュを造るのが、いかに稀少で大変か、よく分かりますね。

クロ・デ・ゴワセが「シャンパーニュのロマネ・コンティ」と呼ばれるのは、こんなところにも理由がありそうです。

ブルゴーニュの銘醸畑は、クロ・ヴージョ、クロ・ド・タール、シャンベルタン・クロ・ド・べーズなど、「クロ」がつく物が多くあります。シャンパーニュの単一畑でも同様に、クロが付きます。

クロは「clos」で、英語のclosureに相当し、囲いの意味です。ブドウ畑の囲いは、木の杭を打ったり、低木による生垣式ではなく、がっちりした石の囲いでできています。クロ・デ・ゴワセの遠景の写真の中ほどに、頑丈な石垣がありますし、一番下の道路との境にも、立派な石垣があります。

なぜ、こんながっしりした石垣を造るのでしょうか?畑が急斜面にある利点が、「水はけが良く、日当たりにも優れる」なら、欠点は、「畑の土が下に流れ落ちて痩せる」です。雨や風で畑の表土が下へ流れるのをしっかりと食い止めるのが石垣です(日本の水田は、水を張ることで土の流出を防いでいます)。

ブルゴーニュで、下の石垣に溜まった土を上まで運んでいる風景を見たことがあります。何トンもの土を数十メートル上に運ぶのは物凄い重労働だなぁと感動しました。クロ・デ・ゴワセでも同じです(「ゴワセ」は、シャンパーニュ地方の方言で「重労働」を意味します)。人生と同様、一方的にイイことはありませんね。

人気ポイントその3:畑の姿がボトルに見える

「畑の姿がボトルに見える」を読んで、「???」になった人が多数でしょう。以下の写真のように、実は、クロ・デ・ゴワセの姿がマルヌ川(正確には、隣接する運河)に反射して、シャンパーニュのボトルを寝かせたように見えるという、「壮大な仕掛け」があるのです。

この写真は、フィリポナが20年ほど前、宣伝に使っていたもので、切手を貼って絵葉書の雰囲気を出しています。絵葉書風ですが、実物は、畳の4分の1ほどの大きさがあります。

この写真は、麻布十番にあるシャンパーニュ・バー、「TiQuoi」に飾ってある実物で、第16代当主(現当主)のシャルル・フィリポナ氏が来店した折、オレンジ色のペンでサインを入れたものです。クロ・デ・ゴワセの畑の形をうまく利用したと感心します。

川のそばのブドウ畑から、上質の果実ができます。これは、川に反射した太陽の光をブドウが受けられるためで、例えば、皇居の千鳥ヶ淵に植えた松も、水に反射した陽光をできるだけ受けようと、上方向の空ではなく、下面のお堀に向かって枝を伸ばすのと同じ原理です。

まだまだある職人魂

人と馬が、鍬と鋤で畑を手入れしたり、下に流れた畑の土を上まで運び上げたり、シャンパーニュ地方で初めて単一畑のブドウでシャンパーニュを造るなど、手間と時間がかかるのを厭わず、丁寧にコツコツと職人魂を注ぎ込むのがフィリポナのスタイルです。

フィリポナの職人気質は、ラベルの裏にもしっかり見えます。フィリポナの全てのボトルに、ドサージュ(補糖)のグラム数と、デゴルジュマンした日付けが入っているのです。生産本数の多いノンヴィンテージ物にも、きちんと書いてあります。こんな面倒なことをしたのは、シャンパーニュではフィリポナが最初です。

また、1次発酵のワインをステンレスタンクではなく、樫樽のソレラシステムで保管しているのも、フィリポナらしい職人魂がこもっています。こんなメゾンはほとんどありません。

シェリーを造るように樽を積んで、目減りした分を上の樽から補填する方式は、面倒だし、ワインがどんどん蒸発するので、かなりもったいない方法です。でも、じっくり時間をかけて熟成させるため、昔ながらの方法にこだわっています。

フィリポナの特別バージョン

時間と手間をたっぷりかける分、生産量は少なく、通常の大手ネゴシアンの10分の1程度、年産は5万ケースほどしかできません。中でも、以下に紹介する特別バージョンは、貴重で稀少。特別なシチュエ―ションでお楽しみください。

クロ・デ・ゴワセ、ジュスト・ロゼ

まずは、フィリポナ社の看板、クロ・デ・ゴワセと、ジュスト・ロゼです。

シャンパーニュ初の単一畑のクロ・デ・ゴワセは、ピノ・ノワール64%、シャルドネ36%で、アイ村の生産者らしく、ピノ・ノワールの質には絶大な自信を持っています。 50%を木樽発酵させ、マロラクティック発酵はしていません。

ジュスト・ロゼは、クロ・デ・ゴワセのロゼ版で、品種の比率や木樽発酵の割合もクロ・デ・ゴワセとほぼ同じですが、生産本数が圧倒的に少なく、200ケースほど。白いカラスより珍しく、見かけたら、即ゲットですね。

クロ・デ・ゴワセ・ジャスト・ロゼ

単一畑三銃士

最後に、非常に貴重で稀少な単一畑シャンパーニュを3つ紹介します。

「ル・レオン」は、アイ村とディジー村の間に位置する単一畑で、1522年、アヴリル・ル・フィリポナが買い入れた区画です。フィリポナの誇りですね。

格付けは100%(特級)で、ピノ・ノワールだけのブラン・ド・ノワールです。45%が樽発酵で、ドサージュは、1リットル当たり4.25gと辛口に仕上げてあります。

「ラ・レミソンヌ」は、1級格付けの単一畑で、クロ・デ・ゴワセの向かいにあります。ピノ・ノワールだけのブラン・ド・ノワールで、100%木樽発酵。マロラクティック発酵はさせておらず、澱との接触が長いので旨味がたっぷり出ています。

生産本数は、2009年が2590本と微量です。

「レ・サントル」は、クロ・デ・ゴワセの中の特別の区画、「レ・グラン・サントル」と「レ・プティ・シトラン」で収穫したブドウで造った限定版中の限定版です。

クロ・デ・ゴワセの中央部にあり、最もに当たりがよい(=傾斜が最も急)区画で、樹齢が70年の古木で造りました。ピノ・ノワール70%、シャルドネ30%で、100%木樽発酵。マロラクティック発酵はさせていません。ドサージュは、1リットル当たり4.5g。生産本数は200ケース(2,451本)と微量です。

どれも、手間と時間と熱い想いをたっぷりかけた逸品です。長い年月を注ぎ込んで成功した時に、是非、コルクを開けてください。

銀婚式、金婚式、卒業を静かに祝うシャンパーニュとして、これほど相応しい物はありません。

葉山 考太郎
葉山 考太郎

シャンパーニュとブルゴーニュを愛するワイン・ライター。 ワイン専門誌「ヴィノテーク」、「神の雫(モーニング)」等にコラムを執筆。 2010年にシャンパーニュ騎士団オフィシエを受章。 主な著書は「クイズでワイン通」「今夜使えるワインの小ネタ(以上講談社)」、「30分で一生使えるワイン術(ポプラ社)」など

この記事をシェア

飲酒は20歳になってから。飲酒運転は法律で禁止されています。妊娠中や授乳期の飲酒は、胎児・乳児の発育に悪影響を与えるおそれがあります。

「人とお酒のイイ関係」ほどよく、楽しく、良いお酒。

エノテカ株式会社はアサヒグループです。
Copyright© 1998-ENOTECA CO., LTD. All rights reserved.