ワインが飲みたくなる小説『ワインは死の香り(Arigato)』

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公開日 : 2020.2.6
更新日 : 2023.7.12
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小説とワイン

欧米の小説や映画には水やミルクは出てこなくても、ワインやお酒は必ず登場します。今回は、ボルドーの赤ワインがスタイリッシュに、そして印象的に出てきて重要な役割をする小説を紹介します。

ワイン系の小説は短編が多いのですが、軽快で痛快な長編ワイン小説もあります。

ここで紹介する『ワインは死の香り(Arigato)』の日本語版の表紙は、少し変わっています。中央にシャトー・マルゴーのボトルを配し、その下に、「6」と「1」の目が出たサイコロがあり、下半分にはボルドー地方の地図が描いてあります。

ボルドーがテーマのミステリーかと思いきや、登場するワインの大多数は超有名なブルゴーニュ。ボルドーは、パプ・クレマン1961年だけです。

でも、このパプ・クレマンはしっかり伏線になっています。

ワイン愛好家を自認している人は、ボルドー好きであれ、ブルゴーニュのファンであれ、このマニアックなワイン小説を読まずには死ねませんし、ワインを1滴も飲めません。

今回紹介する小説

リチャード・コンドン著、後藤安彦訳(1977)『ワインは死の香り(Arigato)』早川書房

荒唐無稽なストーリ-

ワインボトル

主人公は、イギリス海軍空母の艦長も務めた英国海軍の元大佐ハンティントン。超エリートですが、我慢、忍耐、小さな幸せなんて大嫌い。「太く長い」人生を目指しています。

おまけに、美食と高級ワインが大好き。貴族の家系だったのですが、「サー」の称号は兄が継ぎ、性格が「旗本の次男坊」的にひねくれてしまいました。それをバネにして、イギリス海軍で出世し、アメリカ人の美女と結婚。

ここまでは順風満帆でしたが、生まれついてのギャンブル好きが災いして、海軍をクビになります(ロアルド・ダールの作品といい、本編といい、英国人はギャンブルが大好きなんですね)。

それから、いきなりワイン商に転身するのですが、愛人を作り、予想通りギャンブルで借金も作り、妻の財産もすって20万ポンドの負債を抱えてしまいます。絵に描いたような堕落ですね。

普通の人なら、自己破産を宣告して田舎で慎ましく暮らすところですが、ハンティントンは違いました。借金と、妻への愛の両方を「一括返済」するため、プロジェクト・チームを組み、警備が厳重なボルドーのワイン商の倉庫からブルゴーニュワインの逸品、18,600ケースを47分で強奪したのです。

この強奪シーンでは、ハンティントンが指揮を執ります。無線で「1918年以前のポマールは捨てておけ。クロ・ヴージョが先だ」とマニアックな指示を出します。この場面でドキドキワクワクする人は、ハンティントン同様、財政破綻の道をまっしぐらに進むワイン愛好家でしょう。

前半はジェームス・ボンド物みたいにスマートで色っぽくて浮世離れした展開ですが、後半は書き手が、レイモンド・チャンドラーか大薮春彦に変わったかと思うほど、弾丸が飛び交い、血生臭くなります。

ちなみに翻訳では、グラン・クリュに「大豊作」の訳語を当てるなど、ロアルド・ダールの『味』とよく似ています。1970年代、黎明期のワイン小説翻訳の苦労が偲ばれ、「大変だったんだろうなぁ」と感動するのは私だけではないでしょう。

パプ・クレマンは勝利の美酒

この小説の原題は『Arigato』で、日本語の「ありがとう」です。小説の最初と最後に登場する日本人の自衛官、藤川二佐に由来します。

藤川は、ハンティントン大佐がボルドーから強奪した高級ブルゴーニュの1万8千ケースを200万ポンドで買い取った上、結局、その200万ポンドもサイコロ博打で、巧妙に巻き上げてしまいます(表紙に描いた「1」と「6」の目のサイコロは、それを象徴しています)。ハンティントンは、大犯罪に手を染めた上、手に入れた大金をたった3分で摺ってしまうのです。

結局、「日本人が美味しいところをさらった。日本人にはかなわない」というのがオチです。原題の『Arigato』は、まさに藤川二佐の気持ち。藤川は、自分が大好きなパプ・クレマン1961年で乾杯したに違いありません。

25年前にこの小説を読んでから、私には、パプ・クレマンが「勝利の美酒」になりました。

ホラー小説の名手スティーブン・キング原作の映画『ミザリー』では、登場する人気作家ポール・シェルダンが、長編小説を1本書き上げるたびに、ドン・ペリニヨンを開け、自分への「ご褒美」にするシーンが印象的でした。

難しい目的を達成した時、毎回、同じワインでお祝いをしませんか?まだ、「祝福のワイン」が決まっていない場合、パプ・クレマンはいかがでしょうか?

「骨の髄までエレガント」と評されるパプ・クレマン。私には、ブドウではなく、深紅の薔薇の花を100ダース搾ったように思えます。

今回小説に登場したワインはこちら

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