現在、長野県は日本のワイン造りにおいてもっとも活気のある県と言っても過言ではありません。
2000年以降、日本ワインブームと行政の支援により長野県ではワイナリーが続々と誕生、さらに国際ワインコンクールで金賞を受賞するなど、長野ワインの躍進には目をみはるものがあります。
昔から果物の生産が盛んな長野県では、どのようにワイン造りに取り組んでいるのでしょうか?今回は長野県で造られているワインについて解説致します。
長野ワインの概要
本州の中央部に位置する長野県は海に面さない内陸の県で、周囲を北アルプスと呼ばれる飛騨山脈、中央アルプスと呼ばれる木曽山脈、南アルプスと呼ばれる赤石山脈に囲まれています。
ブドウ畑は主に長野盆地、松本盆地、佐久盆地、上田盆地、そして伊那盆地に拓かれており、標高は350mから900mにわたります。雨は少なく、夜に気温が下がる盆地気候のため昼夜の温度差があり、さらに土壌は水捌けが良いというブドウ栽培において好条件を備えています。
長野県では、山梨県や北海道同様、ワイン用ブドウや生食用ブドウ、さらにそれらの交雑種のブドウからワインが造られています。
醸造量が多い品種はコンコード、ナイアガラと続きますが現在減少傾向にあります。一方で栽培量を増やしているのがヨーロッパ系のブドウ品種。メルロ、シャルドネ、カベルネ・ソーヴィニヨンはいずれも日本でトップの生産量を誇ります。
2019年3月現在、2018年にワインの生産あるいは出荷があった長野県のワイナリー数は北海道と並んで35軒で山梨県に次いで第2位、日本ワインの生産量も第1位の山梨県の5,530klに次ぐ4,072klとなっています(注1)。
(注1)国税局課税部酒税課 平成29年度調査分による
ワイン造りの歴史
長野県のワイン造りの歴史は明治時代にさかのぼります。明治政府の殖産興業の一貫として果樹栽培とワイン造りが奨励されたのが始まりです。
本格的なブドウの栽培は1890年、松本盆地の南側に位置する桔梗ヶ原でスタートしました。桔梗ヶ原台地には川が流れていないため稲作ができず、江戸時代の終わりまでは原野でした。
桔梗ヶ原に入植が始まった当初は、水をあまり必要としないブドウをはじめとする果樹栽培が注目され、ブドウに関しては寒冷地のためヨーロッパ系のブドウはよく育たず、寒さに強いアメリカ系品種のコンコードが植えられました。その後、日本ワインの需要は次第に甘味果実酒が中心となってきたため、桔梗ヶ原はその原料となるコンコードやナイアガラなどアメリカ系ブドウ品種の産地として栄えます。
戦中から戦後まもなくは生食用ブドウの規格外品を原料にした粗悪なワインが横行しますが、1960年代後半には大手メーカーが上田に進出するなど少しずつ本格的なワイン造りが始まり、1970年の大阪万博を機にワインが急激に売れ始めると、甘味果実酒の需要が減退します。
桔梗ヶ原も転換期を迎え、耐寒性のあるヨーロッパ系のブドウ品種を検討し、メルロの栽培を開始します。数年間にわたるワイナリーとブドウ農家の努力が実り、1989年に桔梗ヶ原で造られたメルロのワインが国際ワインコンクールで評価されると、桔梗ヶ原はメルロの産地として国内外から注目されるようになりました。
2000年以降は日本ワインブームの追い風に乗り、小規模ワイナリーの設立が相次いでいます。2013年には長野県が「信州ワインバレー構想」を発表し、ワイン産業を推進しています。
ワイン産地
長野県が発表した「信州ワインバレー構想」では、県内の盆地を4つのエリアに分類し、各エリアがワイン産地として発展すべく、生産者の育成、県産ワインのPRなどの支援を行なっています。
ここではエリアごとに詳しく紹介致します。
桔梗ヶ原ワインバレー
松本盆地南端の塩尻市全域が含まれる、全国的に知られた産地です。前述の通り、ワイン造りとブドウ栽培がほぼ同時に始まった長野県のワイン造り発祥の地となっています。
桔梗ヶ原は本来、奈良井川の右岸の河岸段丘の上段を指しますが、近年は下段、中段に加えて左岸の段丘にもブドウ畑が広がりつつあります。標高700〜800メートルの高地で、ブドウの生育期間の日照量は全国1位、2位を競うほど栽培条件に恵まれています。
現在はメルロの産地として名高い桔梗ヶ原ですが、ワインの原料としての生産量はコンコード、ナイアガラが中心です。また、近年はシャルドネの栽培にも成功しています。
現在のワイナリー数は13軒(注2)で、近年小規模生産者が増えています。ワイナリーが共同でイベント出店・開催するなどPR活動も積極的に行なっており、中でも循環バスでワイナリーを巡る「塩尻ワイナリーフェスタ」には、多くの観光客が訪れています。
(注2)長野県産業労働部 NAGANO WINE応援団運営委員会ホームページより
千曲川ワインバレー
千曲川上流の佐久市から下流の中野市までの千曲川流域で、ワイナリー数は現在23軒(注2)。大手のワイナリーや小規模ワイナリーに加えて、個人のワイナリーの設立が続いている地域です。
千曲川上流から下流まで、日照時間が長く生育期間に雨が少ないという気候条件に恵まれ、水はけの良い土壌で特にヨーロッパ系品種の栽培に適しています。
千曲川ワインバレー内で最もワイナリーの設立が活発なのが東御市です。もともと巨峰が名産であった東御市に、2003年『ヴィラデスト・ガーデンファーム・アンド・ワイナリー』が設立され、ヨーロッパ系ブドウを原料とするワインを生産。特にシャルドネのワインが国内外から高く評価されたことから、今やこの地域だけでなく、日本のワイン造りに大きな影響を与えたワイナリーとなりました。
日本アルプスワインバレー
長野県西部に南北に延びる松本盆地から南端の塩尻市を除いたエリアで、盆地北部からは西側に美しい稜線の北アルプスが望めます。
ワインの醸造はナイアガラ、コンコードといったアメリカ系の品種がいまだに多いですが、現在はソーヴィニヨン・ブランやシャルドネ、メルロなどヨーロッパ系品種にも取り組んでいます。また、現在でもジュースやそのほかの果実酒を製造するところもあります。
天竜川ワインバレー
東に南アルプス、西に中央アルプスに挟まれた伊那盆地を天竜川ワインバレーと呼んでいます。盆地の中央に天竜川が流れ、その両側には河岸段丘や扇状地が連なります。これらの土地は水はけが良いことから、古くからリンゴや梨の産地として知られてきました。
ワイン用のブドウ園はまだ少ないですが、最近はシードル生産が活発化しており、シードルの醸造を目的とした醸造場が設立されています。
ブドウ品種はシャルドネ、メルローなどのヨーロッパ系品種の他、ヤマ・ソービニオンや山ブドウなども栽培されており、日本の固有品種を用いたワイン、果物を使ったリキュールなど、多彩なワインが造られています。
ワイナリーの誘致や栽培に適した品種の検討などにより、さらなる産地化が望まれています。
長野ワインの現状
短期間で長野ワインがこれほどまでに躍進した理由の一つに、行政や民間のワイナリーが醸造用ブドウの栽培やワイナリー設立を目指す人達に、栽培技術・醸造技術・経営手法などを習得する機会を提供していることが挙げられます。
桔梗ヶ原ワインバレーにある塩尻市は2014年に、塩尻市のワイン産地維持と地域ブランド強化、ワイン産業全体の活性化のために塩尻ワイン大学を開講しました。
また、千曲川ワインバレーの中心である東御市にも2014年に、『ヴィラデスト・ガーデンファーム・アンド・ワイナリー』の創業者である玉村豊男氏が中心となって『日本ワイン農業研究所』を設立し、翌年の2015年3月には地域のワイン農業を育成する基盤となるワイナリーとして『アルカンヴィーニュ』が立ち上げられました。また、栽培・醸造・経営をトータルに学ぶ千曲川ワインアカデミーも開講されました。
ちなみに現在、ワイン大学やアカデミーの卒業生の多くが既に自分の畑を持ち、ワイン用のブドウを栽培しているそうです。
まとめ
長野県で高品質なワインが造られている理由は、気候風土がブドウの栽培に適しているだけでなく、農業としてのワイン造りを根付かせようとする活動が、官民をあげて積極的に行われているからなのです。
長野県の実力派ワイナリーが造るメルロやシャルドネのワインは、既に日本ワインを代表する銘柄にまで成長しましたが、新しい生産者の良質なワインも続々とリリースされています。今後も長野ワインから目が離せません!
参考文献 ・日本ソムリエ協会 教本 2018