文学ワイン会「本の音 夜話(ほんのね やわ)」 小説家・平野啓一郎さん登場!

先日、文学ワイン会「本の音 夜話」が開催され、小説家の平野啓一郎さんにゲストでお越しいただきました!

2015年に一度ご登場いただいたことのある平野啓一郎さん。今回は、11月1日に映画公開を控えている『マチネの終わりに』スペシャルということで、累計50万部を突破しているベストセラー小説『マチネの終わりに』にスポットを当て、原作者である平野啓一郎さんに、この作品に込められた想いや多くの読者を惹きつける理由、映画化を迎えてのご心境などをワイン片手にじっくりお伺いしました。

ナビゲーターは、ライター・山内宏泰さんです。

全体の構成は「音楽的」に、各場面は「絵画的」に

今回で16回目となる文学ワイン会「本の音 夜話(ほんのねやわ)」。このイベントは、実は平野啓一郎さんの発案がきっかけでスタートしました。

「演台があるような講演会だと、どうしても固い感じになってしまいます。それで美味しいワインでも飲みながら、皆さんと交流する場を作るといいんじゃないかと思ったんです。以前、この文学ワイン会に島田雅彦さんがゲストで登場されたとき、そういう理由で僕が企画したんですよってスタッフが説明したら、島田さんがフッと笑って、「平野の考えそうなことだ」と言っていたらしくて(笑)」

イベント開催時の数日前に、ちょうど映画の完成披露試写会が行われたばかり。小説でも、映画でも、美しい言葉の数々に心を打たれますが、それらはどのようにして生まれたのでしょうか。

「やっぱり小説は文字記号をたどって読んでいくもの。全身的な体験としてその世界に浸れないと、文字を読まされたということになるので、できるだけ五感に訴えるような描写を心がけています。レストランのシーンなら、音も聞こえるし、食べている料理の味や香りの描写とか。それぞれの五感の描写がうまくできると臨場感が出てきます。あまり視覚描写を細かくしてもリアリティは感じない。人間の自然な動作のなかで、感覚的なところをうまく描写できると、けっこう臨場感が印象的になるんじゃないかなと思います。」

確かに詳しく書いていれば、その場のことがわかって体験的に読書感が得られるかなとつい思ってしまいそうですが、そういうことではなさそうです。

「何をその場面で書こうとしているかが大事です。(『マチネの終わりに』の主人公である)蒔野(まきの)と洋子が、冒頭のスペインバルで喋っているシーンでは、お互いに話が通じ合い、それがふたりにとって強い思い出になっている、ということが読者と共有されることが重要です。だからそこで、パエリアの描写を延々として、いかに美味しそうなパエリアだったかと書いてもよくないし(笑)

小説は“時間芸術”。だから全体を考えるときには、音楽を参照したほうが構成をうまく組み立てやすいんです。冒頭でどういう場面があって、一番盛り上がるところがどこで、それがどういう楽器編成か。男性の主人公としてアルトがいたら、ソプラノの歌手がいて、それに対してもうちょっと低音の人がいて、それがどう絡み合って時間とともに展開していくと心地いいか、と音楽を比喩的に参照しながら考えたほうが全体はうまく構成できるんですね。

でも各場面は絵画的に考えた方がうまくいきます。一幅の絵画のように前面に蒔野と洋子が楽しそうにしゃべっていて、背景として関係者がいて、パエリアがあって、雰囲気のいい音楽が流れている。でもそれらは背景だから、そんなに細かく描写しちゃいけないし、少し見えないぐらいの暗がりのなかにちょっと、とイメージしながら書いたほうが、各場面は何を大切にしなくちゃいけないか考えやすいんです。」

「美しい恋愛を書きたい」という気持ちがすごくあった

平野啓一郎さんが『マチネの終わりに』を執筆されたのは4年前。「なぜあのタイミングで恋愛小説を書かれたのでしょうか? 平野さんが恋愛小説というのも、ちょっと意外なかんじがするのですが…」と山内さん。

「実は、僕はけっこう愛を書いてきた作家のはずなんです(笑) 二作目の『一月物語』をはじめ『葬送』などその後もいろいろと愛について書いているはずなんですが、僕の印象のなかで割とそれが埋没していて、「平野さん、恋愛について書くの珍しいですね」とよく言われます。

今に至るまでずっと続いていますけど、本当にちょっと世の中にうんざりしていて、政治も経済も、そのうんざりぶりがツイッターでも顕著で(笑)、フォローしてくださっている方もあんまり愉快じゃないかもしれませんが(会場笑) もともと僕は小説家としてそういうところから始まったところがあるんです。似ても似つかない小説ですが、デビュー作である『日蝕』を書いたときには、90年代末の閉塞感から抜け出したい、文学的体験を通じてそこから解放されたい、という気持ちが強く、錬金術やキリスト教神秘主義にイスパイアされてあの小説を書きました。

その後リアリズムの小説を書きましたが、あのときの“文学を通じて現実から解放される”という体験をもう一回やりたいなというのがありました。加えて、2010年がショパン生誕200年で、『葬送』に関連したイベントがたくさんあったことから久しぶりに『葬送』を読み返したんですが、しばらく『決壊』とか『ドーン』を書いていた後に『葬送』を読むと、20代半ばの僕はなんてノーブルな美しい文章を書いていたんだろう、と心洗われたんですよね(笑) ちょっと世の中にもうんざりしているし、美しい世界を書きたいという気持ちがすごくあった。『葬送』を書いているときは自分が憧れている世界について書いていたから幸福でしたし、それをまた味わいたいなと思って。対立と分断がしきりに叫ばれる今日ですが、美しい恋愛の話を書けないかなと。そういう男女の愛の物語を読みたかったんです。」

主人公のふたりの間には、いつもワインが

小説を読まれた方で、なおかつワインラヴァーの方ならお気づきかもしれませんが、『マチネの終わりに』の主人公、蒔野と洋子の間には、いつもワインが佇んでいました。それはコンサート終了後の打ち上げのスペインバルだったり、再会したパリでのレストランだったり。イベント時には、ふたりはきっとこんなワインを飲んでいたのでは…?そうイメージして選んだワインを、平野啓一郎さんとお客様にお楽しみいただきました。

ふたりのパリの再会でのワインをイメージして選んだ赤ワインは、シャトー・グラン・ヴィラージュ。ふだんフルボディの赤ワインがお好きだという平野さんですが、このワインはいかがでしたでしょうか。

「感想聞かれるだろうなと緊張していました(笑) しっかりしているけど、重いかんじではなくて美味しいですね。ちょっと置いていても美味しいかもしれませんね。」

小説でも、映画でも、ワインの存在が印象的です。小説にも描かれていますが、映画でも、蒔野と洋子が出会うたびにワインがあります。

「考えてみればそうですね(笑)。まあ、ふたりは何回かしか会ってないですし、会う口実としては、食事するとかじゃないですか。頻繁に会える関係だと居酒屋に行ったりしたかもしれないですけど。あとやっぱりヨーロッパいるとワインは安いですし、美味しいワインがすごく手軽に入りますし。

蒔野と洋子がパリで会うシーンですが、実は映画に出ていた店に行ったんです。今年初め、ブリュッセルでのブックフェアの帰りにパリに寄ったんですが、そのとき僕のエージェントとパリで落ち合った際、彼が予約したのがその店で、これが映画で使われたシーンの店なんですよ、って記念写真とか撮りました(笑) 原作でイメージしていたのは別の店だったんですが、映画は監督さん(西谷弘)が見つけてこられたのかな、感じのいい美味しいお店でした。とはいえ、男ふたりで向き合って、愛をささやき合うわけでもなく(笑) 」

原作に惹きつけられた2人が映画で共演

平野啓一郎さんにとって、今回は初の映画化となりました。映画を観られての感想はどうだったのでしょうか。

「もともと2時間の映画にするには長い小説です。しかも、非常にテクニカルにふつうの人が一冊に収める情報量の4倍くらい、僕の本には情報が入っていますから。『マチネの終わりに』も、いろんな場面がなくなって、そういう意味では原作どおりでないところもありますが、それはそれとして、映画を楽しんでいただけると思います。全体的には監督さんも演じられた方々も、原作をリスペクトして映画を作ってくださって感謝しています。」

主演は福山雅治さん、共演は石田ゆり子さんという二大俳優です。

「石田さんは、そもそも原作を気に入ってくださっていたんですね。それだけで光栄でしたが、実際に演じるなかで、洋子という人物にすごく魅力を感じてくださって。原作から感じ取ったことを美しく表現してくださって嬉しかったです。洋子は人からはこんな女の人いるんですか?と言われるくらい、仕事もできる聡明な女性として描いたので、うまく演じてもらわないと、ちょっといけすかないというか、観る人にとって遠い世界の人に感じられてしまう。そこを非常にチャーミングに演じてくださいました。

福山さんも、やはり原作を気に入ってくださっていました。福山さんはすごい努力家で、難しいクラシックギターを練習されて、その取り組みの姿勢に感銘を受けました。スランプ時から復活後に立派にステージに立たれるところまで、その演技も素晴らしかったです。改めて言うことじゃないですが、福山さんはホントにカッコいいんですよ(笑)やっぱり俳優とか、存在自体が作品である人たちはすごいなと思いました。」

ページの中にかき分けて入っていきたくなるような小説

ユニークなご自身のエピソードを交えて、お話しされる姿はまるで、小説の主人公・蒔野を彷彿とさせる平野啓一郎さん。楽しいお話とご自身の小説観に、お客様は何度も笑いを誘われつつ、夢中になって聞いていらっしゃいました。最後には、お客様から熱心な質問が殺到! ひとつひとつ丁寧に答えていただきました。

『マチネの終わりに』のあるシーンに対する質問については、

「本の中に自分が入って行ってでも何かしたくなるような場面は、小説には必要かなと思っています。ひとこと登場人物に言ってやりたくなるような、ページの中にかき分けて入っていきたくなるような場面があると、読者はずっとそれが気になるし、読み終わった後、他の人の意見が聞きたくなる。そういう読者と本との関わり方もあるかなと思っています。」

と答えられていたのが印象的でした。『マチネの終わりに』は、小説も、映画も、まさに読んだ後、観終わった後に、誰かと語り合いたくなる要素に満ちています。

平野啓一郎さん自らが語られる『マチネの終わりに』の創作秘話と、映画を観たくなる興味深いエピソードが盛りだくさんで、お客様は終始釘づけに。平野さんの楽しい、でも小説についてはグッと深く平野文学の神髄にいたるまでお話しいただき、短いながらも、凝縮感と深みのあるワインを味わうような、贅沢で心地よいひとときとなりました。

イベント開催日:2019年10月10日

撮影 ©北沢美樹


『マチネの終わりに』(文春文庫)天才ギタリスト・蒔野聡史、国際ジャーナリスト・小峰洋子。四十代という〝人生の暗い森〟を前に出会った二人の切なすぎる恋の行方を軸に芸術と生活、父と娘、グローバリズム、生と死など、現代的テーマが重層的に描かれる。

映画『マチネの終わりに』11月1日(金)全国ロードショー“たった三度会ったあなたが誰よりも深く愛した人だったー”©2019 フジテレビジョン アミューズ 東宝 コルク

当日、ご提供したワイン

プロジェクト・クワトロ・カヴァ・プレミアム・レゼルヴァ / クロ・モンブラン(スペイン カタルーニャ)2015 発泡白

シャトー・グラン・ヴィラージュ(フランス ボルドー)2016 赤