【ワイナリー訪問】日本の辛口ワイン造りの先駆者「サドヤ」

サドヤ3代目当主の今井裕久氏

人気ワイン漫画「神の雫」で日本3大シャトーとして取り上げられたこともある、大正6年創業の老舗ワイナリー、サドヤ。

甘口赤ワイン全盛期から辛口にこだわった赤ワインの生産、それに伴ったワイン用ブドウ品種の導入など革新的取り組みを続け、日本のワイン産業を牽引してきたワイナリーの一つといっても過言ではない。

今回、エノテカ編集部はそんなサドヤに取材を申し込んだ。快く受けて頂いたのは3代目当主の今井裕久氏。1966年にフランスに渡り、モンペリエ国立高等農学校で4年間ワイン醸造とブドウ栽培を学び、日本のワイン産業の成長を傍らで見守ってきた巨匠だ。

ワイン造りの歴史

サドヤは日本における辛口ワイン造りの先駆者だ。1917年甲府に創業し、およそ20年後の1936年にはカベルネ・ソーヴィニヨンなどのワイン用ブドウ品種を導入。そして1950年には、現在もサドヤを代表する辛口赤ワイン、シャトー・ブリヤンを発売した。

爆発的ヒットを記録したサントリー「赤玉ポートワイン」の発売が1907年。その後、本格的辛口ワインを売り出したのが1960年代ということを考えると、いかに早かったかがわかる。

なぜ甘口ワインが主流の時代に辛口を造ろうとしたのだろうか。その理由には、甘みがあるワインは食中酒には適さないという見解があったようだ。

今井氏は語った。「いわゆる甘口の時代が、主に戦前のころだったと思いますが、その当時から食事に合うワインとはどういうものか。ということを考えたワイン造りを目指していました」

欧米化していく日本の食生活に合わせて、食中でも楽しめる辛口ワインをという考えを戦前からもっていたそうだ。それはシャトー・ブリヤン発売時のポスターからも見て取れる。

シャトーブリアン(作家)が、シャトーブリアン(牛肉の部位)のステーキをシャトー・ブリヤン(ワイン)と共に楽しんでいるというユーモアラスなポスター

しかし当時、満足の行く品質の辛口ワインを造るのは容易くなかったようだ。

「当初は農家から食用ブドウを買ってワイン造りをしていましたが、品質に満足できなかった。原因はヴィニフェラ種(注1)ではないせいだと考えました」と続けた。

(注1)カベルネ・ソーヴィニヨンなどのヨーロッパ系ブドウ品種のこと。

この頃、日本ではまだヴィニフェラ種は普及していなかったため、買いブドウでは用意することが出来なかったのだ。そこで自社畑を開墾するところから始め、フランス各地から約80種ものブドウ品種を取り寄せて試験栽培をしたそうだ。

開墾当時の自社畑写真

現在もシャトー・ブリヤンの原料ブドウの供給源

この結果、甲府の気候に最も適応した品種として、現在でも栽培しているカベルネ・ソーヴィニヨンとセミヨンを見出した。

もちろん手さぐり状態でのヨーロッパ系ブドウの栽培は問題も多かったようだが、それらを乗り越え1950年、ようやくシャトー・ブリヤン発売にこぎつける。畑の開墾から14年後のことだった。

自分たちの納得するものを造りたい

こうして辛口赤ワインの先駆者となったサドヤだが、消費者にすぐに受け入れられたわけではなかったという。

「うちの規模からいえばマスを求めていたわけではないですから。自分たちの納得できるものを造って、そのワインの味を気に入ってくれた人が飲んでくれればいいなと」と今井氏。

それでも食中酒としての辛口ワインを造り続け、ようやく売れ行きが安定してきたのは、シャトー・ブリヤンのリリースからちょうど20年後の1970年以降だという。

1970年は第1次ワインブームが起こった年として知られている。万博で初めてワインを知った人や、海外で食事中にワインを飲んでいる様子を見てきた人たちが増えたことによって、ワインの認知度が少しずつ向上しはじめたのだ。

畑を切り開いてから14年、市場に受け入れられるまでにさらに20年。ワインビジネスは時間がかかる。34年という年月は、「自分たちの納得できるものを造りたい」という強い信念がなければなし得なかっただろう。

革新なくして伝統なし

サドヤは今でも新しい取り組みを絶やさない。3年前には世界のトップワイナリーが使用する光学式選果台も導入したし、最近ではオレンジワインも造っている。

4代目の今井裕景氏も、今年からPAGE-ONEという新規プロジェクトを立ち上げた。細かい説明は割愛させていただくが、その名のとおり新たな1ページとなるようなプロジェクトで、今までのサドヤとは異なったコンセプトでワインを醸造する予定だ。

どこからこの情熱が来るのだろうか。不思議に思って尋ねると、今井氏が少し語気を強めた。

「伝統的ということは、昔と同じことをそのままやっているということではない。何か常に新しいことを追及していかないと、逆に伝統というのは守れないんですよ」

物腰が柔らかく、穏やかな口調だった今井氏の声が大きくなったのが印象的だった。

これがサドヤの根本にある哲学なのだ。御年70歳になる巨匠が言うと、言葉の重みが違う。

日本ワインの今後

サドヤ自社畑のブドウ

最後に、今やブームになりつつある日本ワインについて聞いてみた。

今井氏の持論では、日本ワイン全体がさらに高品質になるためには、より高品質な原料ブドウの確保が必要だという。これは元々醸造所とブドウ農家の分業がされていた日本では、現在でも自社畑を持たず、ブドウは買うものだというスタイルのワイナリーが多いという点を指摘している。

「ブドウと土地あってこそのワイン造りという、世界の常識がまだまだ日本の常識になっていないところがある。それが解決できればもっと良くなると思います」

いち早く自社畑を開墾したサドヤ当主らしいコメントで納得できる。

日本ワイン黎明期から先頭を走りつづけてきたサドヤ。未だにとどまる所を知らず革新を続ける姿勢には、他の業界のトップにも通ずるものを感じた。

そのDNAは4代目今井裕景氏にもしっかりと受け継がれており、今後も素晴らしいワインが期待できそうだ。