映画007のジェームス・ボンド御用達シャンパーニュ「ボランジェ」

100人の映画ファンに「最も男臭い俳優は誰か?」と聞くと、100通りの答えが出るでしょう。

しかし、ワイン愛好家に「5,000以上あるシャンパーニュの中で、一番男性的なのはどのメゾンですか?」と質問すると、97人は「ボランジェで決まりだよ」と回答するはずです。

シャンパーニュのメゾンにはそれぞれイメージがあります。

私にとってボランジェのイメージは「心優しい三銃士」。裸馬に跨り、一日千里を駆け、1kgの生肉を食い、一口で1リットルの酒を飲む……。しかし、女性に対して節度を重んじ礼儀正しい。古い言葉で表現するなら、「粗にして野だが、卑ではない」という感じでしょう。

あるいは、ハードボイルド系のタフなのに心優しいフィリップ・マーロウや、女王陛下の諜報部員、ジェームス・ボンドのような雰囲気が満載なシャンパーニュですね。

ギャップ萌えする女子

世の中の男性には、大きなギャップのある女性に好意を持つという、いわゆる「ギャップ萌え」が物凄く多くいます(私もそうです)。

エレガントで教養に溢れた役員秘書が、実は休日にトライアスロンをやってますとか、ショートカットのボーイッシュな女性ITエンジニアが、お琴の名手だったり。当の女性は、自分の好きなことをしてるだけなのに、男性から見ると「あぁ、そのギャップがたまらない……」と身悶えします。

お酒で手軽に「ギャップ萌え」を演出したいなら、ぜひボランジェを使いましょう。

フレンチ・レストランやショット・バーへ行き、最少面積のドレスで装ったスタイリッシュな女性が、「じゃあ、ボランジェをグラスでいただきます」なんて言うと、瞬時に時が止まり、周囲の男性連中の会話も止まるでしょう。「うわぁ、カッコいい注文をするオネエサンがやってきたぁ」と大注目を浴びるに違いありません(注1)。深夜のタクシー料金同様、自動的に「イイ女度」が30%上がります。

ボランジェのイメージを正しく悪用して、「エレガントなのに男前」というギャップの切り札にしてください。

(注1)ショット・バーでスコッチをオーダーし、チェーサーとしてボランジェを飲むと、その店の伝説として、30年間語り継がれるでしょう。

ボランジェのメゾン2階建ての古風なアパートのように瀟洒な雰囲気がありますが地下には広大なカーヴがあります。「ギャップ萌え」には堪りません。

ピノ・ノワールと樽

ずらっと並んだ空の樽。これからワインを入れる。

ボランジェの男性的な味わいは、「ピノ・ノワール」と「樽」から来ると思います。

シャルドネの聖地がメニル・シュル・オジェ村なら、ピノ・ノワールはアイ村。ボランジェの本拠地はアイ村にあります。アイ村のピノ・ノワールは、後述する同社の「コトー・シャンプノワ コート・オーザンファン」の異常に高い凝縮感からも分かるように、ブルゴーニュの特級畑の赤と品質で対決できるほど。ボランジェのシャンパーニュは、黒ブドウの比率が70%前後と非常に高く「三銃士」のように力強くてスタイリッシュな風味が生まれます。

ボランジェは、ステンレス・タンクではなく、樽で一次発酵をさせる超少数派です。樽で発酵させるのは非常に面倒ですし、場所も取りますが、ボランジェの独特な香りやどっしりした味わいは樽のおかげです。

新樽は使わず、ブルゴーニュのドメーヌで4年使った樽(いわゆる、「四空き」)を5,000個近く所有しています。

また、シャンパーニュのメゾンで唯一、樽工房があり、そこでは専属の樽職人が樽の修理をしています。

ボランジェの樽工房。樽職人が一人で切り回す。

007はシャンパーニュでできている

シャーロック・ホームズがソーダ割りウィスキー、ミス・マープルがミルク―・ティー、フィリップ・マーロウがバーボンなら、ジェームス・ボンドはシャンパーニュ。183cm、76kg、美女、美食、最高速のスポーツカーに囲まれる「女王陛下の諜報部員」は、必ずシャンパーニュを飲みます。

007シリーズではボンド役が代っても、監督が代っても、必ず登場する「お約束」が、名前を聞かれた時の「My name is Bond, James Bond」という台詞と、シェイクしたマティーニ、そしてシャンパーニュの3つですね。

記念すべき1作目の『007は殺しの番号(1962年)』ではドンペリ1955年が出てきました。低予算だった第1作目の主役が、ショーン・コネリーです。ボンド役をきっかけに超大物俳優になりましたが、抜擢当初は貧乏で泥臭い無名の舞台俳優でした。スタイリッシュなボンドを演じる役作りとして、高級フレンチで慣れない食事をしながらシャンパーニュを飲み、特別仕立てのスーツを着たままベッドで寝るよう、監督のテレンス・ヤングから命じられたそうです。英国には「仕立て屋が男を作る」ということわざがありますが、ジェームス・ボンドを作るのはシャンパーニュですね。

シリーズの最高傑作と名高い2作目の『ロシアより愛を込めて(1963年)』では、テタンジェのコント・ド・シャンパーニュがカッコよく登場。以降、ドンペリとテタンジェを飲んでいましたが、ボンド役がロジャー・ムーアに替わったシリーズ8作目、『死ぬのは奴らだ(1973年)』では、男くさいボランジェが初登場します。

その後、11作目『ムーンレイカー(1979年)』では、ボランジェRD1969年。そして13作目『オクトパシー(1983年)』以降、最新の第23作目、『スカイフォール(2012年)』まで、全てボランジェが登場するのです。

今では、「ジェームス・ボンドのシャンパーニュ」をキャッチ・フレーズにして、ボランジェのポスターが登場するほどに。50%以上という「007シリーズ最多出場率」を誇るのがボランジェ。そのせいか、ボランジェが最も売れる国は、1位がイギリスで、2位がフランスです。

イギリス映画なので、ボンドは、スクリーンではBollingerをフランス語読みの「ボランジェ」じゃなくて、英語風に「ボリンジャー」と発音しています。

ボランジェの樽工房に貼った007のポスター。
中央右から左へ、第15作目、『ワールド・イズ・ノット・イナフ(1999年)』、
第20作目、『ダイ・アナザー・デイ(2003年)』、
第21作目、『カジノ・ロワイヤル(2006年)』

世界に誇るシャンパーニュ

フランスが世界に誇るシャンパーニュがボランジェの「ヴィエーユ・ヴィーニュ・ラ・フランセーズ」です。

シャンパーニュの基本は、いろいろな畑で収穫したいろいろなヴィンテージの白ブドウと黒ブドウをブレンドした「老若男女の劇団」方式ですが、ラ・フランセーズは、同じ畑の同じヴィンテージのピノ・ノワール100%で作った「ブラン・ド・ノワール」。芝居でいうと、男性だけの歌舞伎ですね。ブラン・ド・ノワールの反対が、シャルドネだけのブラン・ド・ブラン。シャルドネは早く収穫できるので、ブラン・ド・ブランはよく見かけますが、ブラン・ド・ノワールは非常に少ない。それだけでも稀少価値があります。

シャンパーニュは泡が細かいほど高級と言われていますが、ラ・フランセーズを初めて飲んだとき、グラスの中の泡が霧のようだったのを覚えています。生産量は1500~2250本しかなく、四畳半の押し入れに軽く入ってしまうほど超微量。シャンパーニュの中で、最も生産量が少ないのがこれです。

ウリは、なんといっても「ブドウ樹がフィロキセラに感染していないこと」。接ぎ木せず、自根で育っています。

実は2004年に、3つの畑の内1つがフィロキセラに罹ったそうです。これで生産量が、「雀の涙」から「蜜蜂の冷や汗」に減りました。

「ラ・フランセーズがフィロキセラに罹ったんだから、チリも危ない」かも知れませんね。

2010年3月にボランジェを訪問した時、「ラ・フランセーズ」の畑へ行きました。畑は、高い塀を巡らせたメゾンの敷地内にあり、意外に質素な雰囲気です(ちなみにロマネ・コンティの畑も、同様にあっさりしています)。

建てられている塀は、土地のずっと下まで深く埋まっていることでしょう。「絶対に、フィロキセラを寄せ付けないぞ」との強い意志を感じました。

メゾン内にある「ラ・フランセーズ」の畑。塀と建物でガッチリ護られています

高校三年生時代のシャロン・ストーン

ボランジェの看板シャンパーニュがRDでしょう。Récemment Dégorgé (英語では、Recently Disgorgedで、「最近、澱を抜いた」の意味)を略したもので、ボランジェの登録商標名です。

普通のシャンパーニュは、泡が元気に出るものは熟成香がないし、古酒はカシューナッツやマッシュルームのような熟成した香りがありますが、泡が2、3筋しか立ちません。その両方をいいとこどりしたのがRDです。

RDは、出荷直前までボトルの中で澱と接触させ、澱の旨味を吸い取るので、通が喜ぶ紹興酒風の熟成香があります。デゴルジュマン(澱抜き)は出荷直前なので、泡が多くて元気。若いのに官能に溢れたオネエ様ですね。高校三年生の頃のシャロン・ストーンという感じでしょう。

ジェームス・ボンドが大好きで(もちろん、私も)、11作目、『ムーンレイカー(1979年)』を皮切りに、13作目、『オクトパシー(1983年)』、14作目、『美しき獲物たち(1985年)』、15作目、『リビング・デイライツ(1987年)』、16作目、『消されたライセンス(1989年)』にカッコよく登場します。

ボランジェ・ロゼの秘密

ボランジェに関し、私がずっと不思議に思っていたことがあります。ボランジェでは、創立の1829年から2008年までヴィンテージ・ロゼは作っていたのですが、ノンヴィンテージのロゼは作っていませんでした。その理由が、メゾンの訪問時に明らかになりました。

自転車で畑を見回るリリー夫人。シャンパーニュで最も有名な写真

ボランジェが第二次世界大戦の大混乱期を乗り切れたのは、シャンパーニュを代表する女傑の一人、マダム・エリザベス・リリー・ボランジェが怪力を発揮したおかげです。

ドイツ軍の戦車部隊がアルデンヌの森から侵攻し、あっさりとパリが占拠されました。いわゆる「電撃戦(ブリッツ)」です。フランスは降伏し、領土の半分がナチス・ドイツの統治下になりました。三代目だったリリー夫人のご主人は大戦直後の1941年に他界。畑や醸造所の従業員が疎開した上、電気が通らず、トラックや農機具の燃料もありません。とにかく、決定的に物がありません。

そんなメゾンを勤勉さと節約で守ったのがリリー夫人です。シャンパーニュ関係の写真で最も有名なのが、スーツで自転車に乗り、畑を回るマダムのスタイリッシュな姿ですね。

マダム・リリーの口癖が、「シャンパーニュは白でなければなりません」だったそうです。1977年にマダムが死去し、40年経って喪が開けたとして2008年からノンヴィン・ロゼを作り始めたとのこと。死してなお強大な影響力があるとは、左遷先の大宰府で客死した後も、京都に雷と大嵐を起こした菅原道真みたいですね。

ボランジェの隠し球

ボランジェには、知る人ぞ知る超マニアックな「隠し球」があります。

2013年に六本木のレストランでボランジェのメーカーズ・ディナーに招待された時のこと。最初にスペシャル・キュヴェ、ノンヴィンのロゼ、ラ・グランダネ2004が出て「とてもボランジェ的だなぁ」と油断していたら、最後に泡のない「コトー・シャンプノワ コート・オーザンファン」2009が登場しました。メイン・ディッシュの鴨に合わせたピノ・ノワール100%の赤で「本日の真打ち」でした。

コトー・シャンプノワは、ソムリエ試験で出題されるので、誰しも怖いもの見たさで一度は飲むのですが、かなり高価なのに酸味が非常に強くて、リピートする人はほとんどいません。私は5~6回飲んだことがありますが、普通のワイン愛好家が2回飲むことはあり得ない……。そう思いながら、コート・オーザンファンを飲んだところ、「えっ、なにこれ!」と驚愕しました。

凝縮感の高い果実味があり、物凄く上品。ボンヌ・マールやクロ・ド・ラ・ロッシュみたいなモレ・サンドニ村の特級と見分けがつきません。オレゴンの名門生産者、クリストムにも似ています。いい意味で期待を完全に裏切り、テーブルのあちこちで驚きの声が上がりました。

コート・オーザンファンは、「子供の坂」の意味で、子供がやっと登れるほど斜面は急です。5haしかなく、ボランジェの単独所有で、グランダネのロゼには5%入れるとのこと。「ボランジェはピノ・ノワール」と改めて納得するワインでした。

ミセス・ボンドかな?

ボランジェとロジャー・ムーアが初登場する『死ぬのは奴らだ』ですが、ボランジェは、正確には、台詞だけで登場します。上映開始直後のシーンで、ボンドはカリブ海のホテルに到着します。部屋に入ってボストンバッグを置いたボンドは、ルームサービスで「ボランジェを1本頼む。冷えたのを」とオーダー。バス・ルームに人の気配を感じたボンドは、「グラスは2つだ」と言います。バス・ルームの扉をそーっと開けると、そこに敵側の女スパイが潜んでいました。ボンドが、「ミセス・ボンドかな?(Mrs. Bond, I presume?)」と尋ねると、本国のイギリスやアメリカでは観客が大爆笑します。この言葉は英国だけでなく、世界中でトップ10に入る有名な言葉をもじったジョークです。

1866年、アフリカでの奴隷売買を告発するため、英国の探検家で宣教師のデビッド・リビングストン博士がザンビアやコンゴを訪れて証拠を集めようとしました。ヨーロッパ人で初めてアフリカの奥地へ行ったのが同博士です。1871年ごろ、博士が死亡したとの噂が流れ、ニューヨーク・ヘラルド紙の経営者、ジェームス・ゴードン・ベネットは、特派員のヘンリー・スタンリーに博士の捜索を依頼。苦労の末、タンザニアのウジジで痩せ細った博士を発見します。スタンリーは、現地人の群衆の中にいた博士に歩み寄り、「Dr. Livingstone, I presume? (リビングストン博士とお見受けいたしますが?)」と語りかけます。当時、アフリカにいたヨーロッパ人は博士だけであったこと(なので、すぐに分かったはず)、緊急性の高い状況なのに、「think」ではなく「presume」という堅苦しい言葉を使ったことが、「正式に紹介されていない人に気安く語りかけてはいけない」との英国人らしい配慮が満載であったことで、「リビングストン博士とお見受けいたしますが?」は世界中に広まりました。

数年前、アカデミー・デュ・ヴァンで講師と受講生との大規模な懇親会がありました。数十人の講師の中で、唯一の外国人がイギリスから来たリチャード・ドーソンさんです。私は、その時が初対面で、「Mr. Dawson, I presume?」と話しかけたら大爆笑してくれました。ボランジェの入ったグラスを持ったジェームス・ボンドになったつもりで、是非、このジョークを使ってください。欧米系の人に大受けすると思います。