秋が深まるにつれ恋しくなる貴腐ワイン。きっとペアリングの代表選手にフォアグラやブルーチーズを思い浮かべる方も多いでしょう。
しかし本場フランスでは、もっと大胆に楽しまれているのをご存じでしょうか。
目次
神秘的なワイン
貴腐ワインはボトリティス・シネレアというカビの働きを利用して造った甘口ワインです。
このカビがブドウの果皮に繁殖し、無数の穴を開けます。その穴から水分が蒸発し、果汁中の糖度が高まります。残された果汁は極端に甘く、アルコール発酵すると残糖は130g/ℓ前後になるのです。
このようにブドウを貴く腐らせることから、このカビを「貴腐菌」、またこの菌を利用して造ったワインのことを「貴腐ワイン」と呼びます。
この菌の影響を受けたワインは、ハチミツ、アプリコット、オレンジピールの香りが特徴です。
三つの条件
貴腐ワインはどこででも簡単に産出できるものではなく、次の三つの条件が揃ったときのみで造られます。
一つは、ブドウの完熟後にこの貴腐菌が生えること。もし完熟前にこのカビが生えたならば、「灰色カビ病」と呼ばれ原料として使うことはできません。カビの繁殖のタイミングは人為的にコントロールできないのが難しいところです。
二つ目は、適度な湿度があること。菌が絶妙なタイミング発生するためには朝霧がもたらす湿度が必要です。
三つ目は、日中はからりと晴れて乾燥した環境であること。午後もジメジメとしていれば、様々な好ましくないカビが発生するからです。
このような条件が揃う場所は世界でも数えるほどしかなく、毎年、コンスタントに貴腐菌の生える産地は、まさに神に祝福された土地ともいえるのです。
希少な一杯
貴腐ブドウの栽培には、神がかかった条件が求められるだけでなく、その工程も手間がかかるものです。
朝の湿度はボトリティス・シネレア菌だけでなく、好ましくないカビを発生させる可能性があります。そのため粒単位での選果を行い、ボトリティス・シネレア菌の生えたブドウとそうでないものを分けていきます。
当然、機械収穫ではなく、手収穫限定です。格安で働いてくれる出稼ぎを収穫手として雇うことはできず、熟練の収穫者が必要になります。
造られるワインも1本のブドウ樹からグラス1杯程と非常に低収量になります。
昨今では気候変動の影響が強まり、貴腐菌が発生せず、貴腐ワインが造れなかったということもありました。ソーテルヌの雄シャトー・ディケムが、2012年、貴腐ワインを断念したことはあまりにも有名です。
フランス人がデイリーに飲む貴腐ワイン
代表的な貴腐ワインがソーテルヌ(フランス、ボルドー地方)、トカイワイン(ハンガリー)、ベーレンアウスレーゼ、トロッケンベーレンアウスレーゼ(ドイツ、オーストリア)です。
上述のように貴腐菌はコントロールできない自然の賜物、加えて低収量なことからプレミアムワインとして認知されています。
一方でワイン上手なフランス人は、貴腐ワインの選び方にもセンスが光ります。
例えば、現地でよく飲まれているのが南西地方のモンバジャック。このアペラシオンはボルドー右岸の上流に位置し、ドルトニュー河の支流ガルドネット川が合流することで霧が発生するために貴腐菌がつくのです。
ソーテルヌより財布にやさしくデイリーに楽しめるワインです。
ワインは温度に敏感
貴腐ワインは冷やして飲むのがおすすめです。理由は温度が高いと甘味がだれて感じる傾向にあるからです。6℃ぐらいからスタートするのが良いでしょう。
具体的には、冷蔵庫で3~4時間以上冷やしたくらいの温度です。お食事中はアイスバケツに入れておいたり、アイスバケツがない場合は冷蔵庫に戻したりするのも良いでしょう。
グラスはワインを表現するスピーカー
「グラスはワインを表現するスピーカー」とは、世界ソムリエコンクールで優勝したフィリップ・フォール・ブラック氏の言葉です。貴腐ワインをいろいろなグラスで試して、自分の好みを探してみましょう。
おすすめは小ぶりのグラスです。ボウル部分が小さいと温度上昇が緩やかになるため、冷やし気味が好ましい甘口ワインでは好まれます。ゆっくり楽しんで、甘美な世界に酔いしれてみてください。
貴腐ワイン×甘味
貴腐ワインのベーシックな楽しみ方に、甘いものを合わせる方法があります。このときポイントなのが、料理の甘さがワインの甘さを上回らないようにすることです。
クレープシュゼット、フィナンシェ、マカロンなどの洋菓子はもちろん、羊羹、どら焼きなどの和菓子にも合います。もちろんフォアグラのような穏やかな甘味があるものも好相性です。
貴腐ワイン×塩味
塩味と甘味は人間が好ましいと感じる五味のうちの二つです。一見、真逆にも感じる味覚、しかしこの二つを同時に摂ると、食事中の塩味が甘味を際立たせてくれる役割があるのです。これはまさに至福の組み合わせです。
ブルーチーズ、カラスミ、サラミなど塩分が強い食材などつまみながら、ゆっくり貴腐ワインを飲んでみたいものです。
ちょっと意外な楽しみ方
「毎朝、グラス一杯のソーテルヌを飲むことが長寿の秘訣だよ」とはシャトーパプ・クレマンのオーナー・ベルナール・マグレ氏の言葉です。初めて聞いたときは、正直耳を疑ったものです。
しかし、その後、フランスを何度か訪ねるうちに、毎朝、甘口ワインを舐める程度に少し飲んでいる高齢者が、マグレ氏以外にも存在することを知るようになったのです。
日本では驚きともいえる飲み方ですが、ヨーロッパではそれだけ貴腐ワインが日常に浸透し、人々の元気の源になっていることの証でしょう。
貴腐ワインづくしのランチ
研修で訪れたボルドーでのこと。生産者が「このソーテルヌにチキンのクリーム煮や生ガキと合わせたい」と話したのです。「辛口の食事に甘口ワインなど合うのだろうか」と、聞いたときは戸惑いを隠せませんでした。
しかしその翌日、ソーテルヌの造り手に招待され、偶然にもそこでもてなされたランチが、前菜、メイン、デザートとすべての料理にソーテルヌを合わせるというものだったです。
もっとも印象深かったのは、牛肉のカルパッチョにハードチーズを削った前菜とソーテルヌの組み合わせ。チーズの塩味がワインの甘さを引き立て、素晴らしいマリアージュを楽しむことができたのです。
「甘いワインには辛口の食事は合わない」という概念を覆すサプライズとなりました。
もっと自由に楽しもう
万人受けする楽しみ方も、もちろん知っておきたいものです。しかし、常識にとらわれず、フランス人のようにもっと自由に冒険してもいいのかもしれません。
きっとその先に新しい発見が見つかることでしょう。