あのひとの、特別な日に飲む「ハレ」ワイン、日常に馴染む「ケ」ワイン。ワイン好きで知られるあのひとに、それぞれのワインと楽しみ方を語ってもらいました。
俳人。神奈川県生まれ。1994年、句集『B面の夏』50句で第40回角川俳句賞奨励賞を受賞。2010年4月より一年間文化庁「文化交流使」としてパリを拠点に欧州で活動。スペイン・サンティアゴ巡礼道、韓国プサン―ソウル、二度にわたる四国遍路などを踏破。「歩いて詠む・歩いて書く」ことをライフワークとしている。現在、北里大学・京都橘大学・昭和女子大学客員教授。著書に、句集『北落師門』、紀行文『私の同行二人』など多数。
今から20数年前、パウロ・コエーリョの『星の巡礼』という作品を読み、1000年来の道がそのまま残っていることに感動し、「いつか自分もその道を歩きたい!」という想いが芽生えました。そして、当時の仕事をすべて辞め、意を決してサンティアゴ巡礼へと旅立ったのです。
その巡礼路には、たくさんのワイナリーが点在していました。かつて修道院でワインが造られていたことなど、巡礼とワインが深く結びついた歴史に触れました。この旅をきっかけにフランス人の友人ができ、ワインが少しずつ身近な存在になっていったのです。
「ケワイン」
フランス滞在時は、毎晩のように友人たちが食事会を開いてくれました。レストランではなく、誰かの家で、それぞれがワインを1本ずつ持ち寄って、アペリティフから始まり、5〜6時間も続くのです。集まるのは10人ほどで、画家や彫刻家などアーティストも多く、彼らとの時間を通じて「ワインが持つ力」を実感しました。
もちろん料理もワインも存分に楽しみますが、主役は「会話」です。一見たわいもない話が、やがて哲学的な深みに至ることもあります。
今でも鮮明に覚えているのが、ある男性の言葉です。
「今日、ある村で男の人に話しかけられたんだ。『北はどっちですか?』と聞かれ『あっちです』と答えた。すると『西は?』『教会は?』『病院は?』と次々に聞かれて……そのうち“この人はちょっと変かも”と思った。でも、後から思ったんだ。『僕はどこにいるんだろう?』って」
その言葉にみんながふっと黙ってワインを口に運ぶ。ただ沈黙があり、考える時間が流れる。その余白もまた、会話の一部なのかもしれません。ワインがなければ、こんな詩的な言葉も、こうした時間も生まれなかったでしょう。
ときに議論は白熱しますが、最後には必ず笑顔で「ビズー(頬へのキス)」を交わして別れる。ワインがあるからこそ、議論もできるし、つながりも生まれる。ワインは特別な力を持っているけれど、彼らにとっては日常に欠かせない、身近な存在なのだと感じました。
日本でも、たまにワインを飲みながらの句会を開いています。フランスで感じたように、ワインがあるからこそ詩的な言葉が生まれるなど、日常とは違う発想が湧いてくる気がします。ワインの力によって浮かんでくる一句がきっとあると思っています。
「ハレワイン」
「とっておきの日に開けたい」と決めて大切に保管しているワインがあります。友人から還暦のお祝いに贈られた1本です。
いつ飲もうかと考えるのですが、古希ではなんだか物足りない気がしてしまいます。もっと「何かを成し遂げたぞ!」と自分を褒めたくなるような、そんな特別なハレの日に開けたいのです。
このワインの存在が、日々の原動力になっています。ふとボトルを眺めるたびに、「頑張らなきゃ」と心が引き締まります。とはいえ、いつまでも取っておいても仕方がない。だからこそ早く飲める日が来るように頑張ろうと思います。
私だけでなくこのワインもきっとハレの日を待ってくれている。そう思うと、なんだかもっと頑張れそうな気がするのです。
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