日本酒とワイン、二つのドメーヌを持つ世界で唯一の蔵「九平次」。
九平次の始まりは1647年。そこから現当主、15代目久野九平治氏まで脈々と伝統を受け継いできました。
そんな九平次にとって一つの転機となったのが2010年。兵庫県黒田庄町の地で山田錦の栽培を始めたのです。
日本酒は米農家からお米を買って自分の酒蔵で仕立てるのが基本とされる中で、米づくりから日本酒に向き合い始めました。
今回はそんな黒田庄を訪問し、この地から始まるストーリーに触れてきました。その様子と田んぼから始まるドラマの一部をお届けしたいと思います。
田んぼでしか感じられないドラマ
早速ですが“日本酒造り”と聞いて、皆さんはどんな景色を思い浮かべますか?
このような酒蔵の大きな樽、麹となったお米、法被を着た人が仕込みをしている姿……などでしょうか。
一方、ワイン造りの場合は、どうでしょう。広大なブドウ畑の風景が脳裏に浮かんできませんか?
素晴らしいワインは素晴らしいブドウから生まれる。愛好家なら誰もが信じて疑わないかと思います。
それはお米を原料とする日本酒も同じ。日本酒のすべてもお米が育つ田んぼから始まるのです。
だからこそ九平次はお米から自分たちの手で作り上げます。
ワイン生産者が1房のブドウに丹精を込めるように、お米一粒一粒に想いが込められているのです。
久野氏は「田んぼでは毎年新たなドラマが生まれる」と語ります。
造り手の意識が反映する田んぼ
九平次が黒田庄の地で育てる山田錦は、酒米の王とも呼ばれ、日本で最も栽培されています。
この山田錦を九平次はどのように育てているのでしょうか。
それは「造り手がどんな意思をもっているかが田んぼに出る」という久野氏の一言に込められているように感じます。
黒田庄の地であらゆる田んぼを見比べると、九平次の田んぼの稲の低さに気付きます。これには理由があるそうです。
山田錦は米粒の大きい品種。実るほど他の品種よりも頭が下がっていきます。
頭が下がり過ぎてしまうと稲が倒れてしまうので、できるだけ背が低くなるよう、稲を育てるそうです。
加えて、米一粒に対して太陽光を多く注がせるために、稲穂の数も制限。放っておくと25本ほどにもなる稲穂を17~18本に抑えていると言います。
通常1枚の田んぼで7俵ほどのお米が出来るそうですが、九平次は6俵程度。どれだけお米の品質にこだわっているかが分かります。
そういった管理はすべて、美味しい日本酒のため。九平次は素晴らしい日本酒を届けるために素晴らしいお米を作っているのです。
テロワールを伝えたい
山田錦の育成条件がそろう絶好の地とされる黒田庄。
ワインと同じようにテロワールによって日本酒の味わいにも違いが生まれます。
そんなテロワールの違いを感じられるように、九平次ではワインで言う“村”ごとに日本酒を仕込んでいます。
標高が最も高い門柳はエレガントに、加古川の川沿いに位置する田高は太陽を1番良く浴び力強く、対して加古川から離れた場所にある福地は山からの腐葉土が堆積した田んぼ故、ボタニカルな雰囲気と柔らかさが表現されています。
それぞれのテロワールによって三者三様の味わいが生まれるのです。
田と蔵の直結
ワインでよく聞く“ドメーヌ”という言葉。ブドウの栽培から醸造、熟成、瓶詰めまでを行う生産者のことを指します。
九平次の日本酒もドメーヌスタイルとよく表現されますが、長らくは黒田庄で育てたお米を愛知県名古屋の地で日本酒に仕立てていました。
10年以上もの間、黒田庄の地でお米を作る久野氏の胸には「この地で酒を造りたい」という想いが込み上げてきたそうです。
ついにその想いが形となりました。2022年、黒田庄の地に新しい蔵を建てたのです。
米づくりやワイン造りなど、様々なチャレンジに挑み成功してきた九平次にとって新たなトライの始まり。日本酒の新たな価値観が生まれようとしています。
これを読んだ今、“日本酒造り”と聞いてどんな景色が浮かんでいますか?