店舗情報
ワインショップ・エノテカ大阪店
※マイショップにご登録いただくと、アプリ、メールでショップからのお知らせを受け取れます。
過去のブログ
干場 豊
ワインを交えたエピソードを綴るスタッフノベル。第一弾は「ローヌのシャトー」
今回は前回に引き続く後編です。
数年前、ワインに興味を持ち始めたとある学生が、ワイン探訪にてある酒屋の店主と出会う。何気ない日常の中で、生涯忘れることのできない体験をすることに。
酒屋で店主が突如取り出したボトルとは。
前編はこちら
当時の私には今ほどの学が無く、ただひたすらにボルドーを飲んでいただけの若造である。店主が手にしていたボトルは見たことがなく、それがワインだということしかわからなかった。慣れた手つきでキャップシールを剥がし、コルクにスクリューを回しいれる。まるで古びた学校の階段をゆっくりと降りていくかのような、ギシギシと店内に乾いた音が反響し、スクリューが突き刺さっていく。その流麗な動作が私をくぎ付けにした瞬間にコルクは瓶の中より救いだされ、数年ぶり、もしくは数十年ぶりに外の空間へ姿を現す。その時間はたった数秒のことのようにも思えるし、十数分たったようにも思える。赤色の液体は二つのグラスへと注がれ、一脚が私の前に突き出される。
店主は左手でグラスを持ちながらクルクルと回し、右手に持つボールペンで「フランス」と短く記述し、他にも何かを書き留めていく。私の紙とペンは用意されていなかったので、見おう見まねで左手にグラスを持ち、慣れない手つきでくるくる回すと、グラスからはたくさんのフルーツや花のような香りが溢れ出し、どこまでも続く長い余韻は私のそれまでのワインに対する認識や固定観念を正面から叩き壊した。
あの時に感じた香りは鮮明に覚えている。しかし私はその時飲んだワインの名前を聞かず、写真を撮って記録しておくこともしなかった。というのも、その頃はテイスティングノートやメモをするという習慣がついていなかったため、ただ美味しいかそうでないかの二つしか表現の引き出しを持ち合わせていなかったのだ。ただ、ラベルだけはしっかりと覚えておこうと思った私は、複雑な書体で書かれているラベルの解読に試み、「CHATEAU」の見慣れた部分だけを理解することができた。そこが読めただけでも大手柄、自分の好きなボルドーワインだと心に決め、今まで飲んだことのないボルドーの味わいに感涙にむせぶ思いになった。
そして数年後、ある日突然私はその時のワインと再会することになる。
数年後、名前も値段もわからないが、目を離すことが出来ないある1本のワインと出会う、いや再会する。それはあの時に店主に飲ませてもらった赤ワインだった。そのワインこそ、【シャトーヌフ・デュ・パプ クロ・デ・パプ・ルージュ / クロ・デ・パプ (ポール・アヴリル)】だった。あの時のワインはボルドーではなく南フランス・ローヌのワインで、シャトーヌフ・デュ・パプというのはワイン名ではなく「法王の城」の意味を持つフランスを代表する歴史あるアペラシオンの一つのことだ。
私は改めてこのワインを飲むと、今でも当時の情景が目の前に浮かびあがる。ラズベリーや野イチゴのようなフレッシュな香りに、スミレやアイリスのお花、ハーブのような清涼感や丁子のスパイスなど、様々な香りがその場を支配する。その妖艶な香りの記憶は今なお脳裏に濃く沁みついており、淀むことなく私を小さなテーマパークと面接会場を兼ねた場所へと送り返す。
ワインとの再会後にもう一度あの酒屋を訪れようとしたが、その場所は空き地になっており売りに出されていた。店主がそのワインを飲ませてくれたことは気まぐれだったのか、それとも何かの意味があったのか、それともそんな店は最初から存在していなかったのか、今となっては確かめようもない。私は少し大きめのグラスを慣れない左手に持ち替え、くるくると回しながらそんなことを考えていた。
ワインショップ・エノテカグランフロント大阪店
干場 豊
資格
JSA呼称資格 ワインエキスパート、WSET Certified Level2 Award in Wines
好きなワインタイプ
赤ワイン、メルロ、カベルネ・ソーヴィニヨン、シラー、グルナッシュ、ネッビオーロ、フランス ボルドー、フランス ローヌ、イタリア ピエモンテ、イタリア トスカーナ、スペイン、アメリカ、チリ
ストップ!20歳未満飲酒・飲酒運転。
妊娠中及び授乳中の飲酒は、胎児・乳児の発育に悪影響を与える恐れがあります。
ほどよく、楽しく、良いお酒。のんだあとはリサイクル。