世界の平均気温は加速度的に上昇し、ここ数年は気候変動の影響が顕著に感じられるようになった気がします。
ヨーロッパも日本と同じように温暖な年が続き、ワイン産地はいわゆる「グレートヴィンテージ」を連発しています。NASAによると、2021年の7月は142年間の観測史上、最も暑い7月だったそうです。
しかし2022年はそれすらも上回る、うだるような暑さがヨーロッパを襲っています。
イギリス・ロンドンでは、観測史上初めて気温40度越えを記録。ボルドーで知られるフランス南西部のジロンド県やスペイン、イタリアでは大規模な山火事が発生しています。
今まで山火事といえば、カリフォルニアやオーストラリアのイメージでしたが、とうとう新世界のワイン産地だけの問題ではなくなってきました。
ワインは農産物。気候が変われば味も変わります。ワイン産業は長年培ってきた技術の再考を迫られています。
ワイン造りを見直すとき
1970年代から急速に発達したワイン生産の技術は、どこに畑を作るのか?どんな品種を?どのように栽培するのか?そのほとんどがよく熟した糖度の高いブドウを収穫するために考えられてきました。
ところが気温上昇が及ぼす主な影響は、ブドウが熟し過ぎることによってアルコール度数が高く、酸味が低くなり過ぎるなど、ワインのバランスが崩れること。これまでとは真逆の状況になってしまったのです。
そのためワインのフレッシュさを保つことを目的として、糖度を抑えた酸度の高いブドウを収穫するための試行錯誤が始まりました。
そんなワインメーカーたちの取り組みの一つに、同じ品種でもより晩熟な苗木や干ばつに強い苗木を採用する動きがあります。栽培や醸造方法の前に、ブドウ自体も今までとは違ったものにシフトする考えです。
一方、フランスの原産地統制名称制度を取り仕切るINAO(国立原産地名称研究所)はもう少し急進的な方法を模索しています。
ボルドーにポルトガル原産品種トゥーリガ・ナシオナルの使用が認可されたのは記憶に新しいニュースですが、INAOはその土地で伝統的に栽培されていない品種も視野に入れて、温暖化に適応できるブドウ品種を探しているようです。
しかし、いわば外来種を導入することには賛同できない生産者が多いことが予想されます。
そこで折衷案として考えられているのが、その土地で歴史的には栽培されていたが、様々な問題からほとんど栽培されなくなってしまった品種の復活です。
フランス・ブルゴーニュ地方のアリゴテのように、冷涼な気候には適しておらず、低く見られていた品種が見直されつつあります。
古来品種復興プロジェクト
そんな中で業界の注目を集めているのが、スペインのトーレスが取り組む古来品種復興プロジェクトです。
もともとは1980年代初頭、打ち捨てられたスペイン・カタルーニャ古来のブドウ品種を保全し、後世に残すために発足しました。
ところが時が流れ、気候変動の問題が顕在化してくると、トーレスはこの古来のブドウ品種が気候変動に対応できる可能性があるのではないかと考えたのです。
例えば栽培されなくなった理由が、成熟が遅く酸度が高すぎることだったとしたら?それは現代のワインメーカーが求めているものに違いありません。
現在、トーレスは保全対象をスペイン全土に拡げ50品種以上を保護。何年間にもわたる入念なテストを行い、気候変動に対応したワイン生産に向いていると判断した品種を復活させています。
失われた品種モネウ
そして今回新たに、モネウという古来品種を使った「クロ・アンセストラル」がリリースされました。
クロは「塀に囲まれたブドウ畑」、アンセストラルが「古来の」という意味ですから、クロ・アンセストラルは「古来のブドウ畑」という意味。先述の古来品種復興プロジェクトを体現する名前が付けられています。
それもそのはず。トーレスはこれまでもいくつかの品種を復活させてきましたが、黒ブドウ品種に関してはブレンドの一部として使用されるだけでした。
クロ・アンセストラルは、モネウが品種構成の約1/3を占め、古来品種が主要になっている初めての赤ワインなのです。
肝心のモネウは、およそ25年前にカタルーニャ州ペネデスで保護された、フィロキセラ禍(※)によって失われた黒ブドウ品種。高温と干ばつに対して強い耐性があり、気候変動に対応する可能性があると判断されて復活を遂げました。
そこから造られるワインは、強いフレッシュな果実と花のようなアロマ、明確な酸味と滑らかなタンニンを備えた甘美な味わいを持つそうです。
※フィロキセラとはブドウ樹の葉や根に寄生する害虫。樹液を吸うことで成長しブドウ樹を枯死させます。19世紀に世界中のブドウを襲い、フランスではワイン生産量の2/3を失いました。
まとめ
忘れられた古来の品種の復活には浪漫を感じますよね。
一方で気候変動がこのまま進めば、ピノ・ノワールやカベルネ・ソーヴィニヨンといった素晴らしい現代の品種が失われてしまう日が来るのではと不安に駆られます。
ワイン愛好家は自らの生活を省みて、できることをしてゆくしかありません。