エノテカのワインバイヤーが、ワイン界で活躍する人々をインタビューしてとことん語り合う企画「ワインバイヤーズトーク」。プロフェッショナルならではの視点で、料理とのマリアージュや最新のワイントレンドに切り込んでいきます。 今回は、過去にもご登場頂き、見事なペアリングを創造して頂いた森上氏の再登場です。
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1人1匹提供される毛蟹がテーブルでお披露目される
“銀座は罰当たりなコンセプトが似合う”、とは7月にアルザスのトリンバックと和食のコーディネートをして頂いた森上氏。前回は東急プラザ内の”銀座 下鴨茶寮 東のはなれ”、今回は銀座クリスタルビル内の”銀座 蟹みつ”と、偶然にも数寄屋橋交差点の向かい合うビル内での開催となったが、銀座クリスタルビルはトップにFUJIYAの電飾看板、1階にはカメラのNIKON、数寄屋バーグの看板が目印になるビル。
4階に入居する銀座 蟹みつの店名”みつ”には、蟹料理を通して感覚が際限なく満たされる”充”、会食を通して人の出会いを提供する”meets”の意味合いもあり、お客様に充実した時間を提供したいとの思いが込められている。
この抜群のロケーションで、特別貸切で行われた毛蟹とシャンパーニュ・ルイ・ロデレールのペアリングは、異なる調理法により食材の奥深い旨味が最大限引き出され、その頂上味にピタッと当てはめる森上氏のシャンパーニュチョイスが、銀座の夜に異彩を放っていた。
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秋の彩り美しい前八寸
ルイ・ロデレールのスタンダードクラス、ブリュット・プルミエは使い勝手が良い。シャンパーニュの主要3品種であるピノ・ノワール40%、シャルドネ40%、ピノ・ムニエ20%をバランスよくブレンドし、低い気圧に抑えた造りで飲み口の優しさからアペリティフに、主張し過ぎない控えめな味わいからお料理に合わせる事も出来る。
11種類もの前菜が秋の装いで盛られた前八寸の中で、ブリュット・プルミエに最も相性が良かったのは、鱚のアーモンド揚げ。鱚には紙を擦った時の香りがあり、シャルドネのミネラル香と相性が良く、瓶内熟成からくるナッツの香りに衣のアーモンドが溶け合う絶品ペアリング。ここにも森上流ペアリング理論が生かされ、最初の一皿からワクワク感は最高潮に達する。
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御椀の鮎並吉野葛打
2種類の新鮮お造り
ワインとのペアリングが難しいとされる御椀。しかも合わせたシャンパーニュは、グラン・クリュのアヴィーズ村の高級ブドウのみを使用した柔らかくも硬派でミネラルに富んだ味わい。
どこが調和するのかと試してみると、鮎並(アイナメ)のホロっとした身質と吉野葛のトロッとした食感に、ブラン・ド・ブランの爽快でクリーミーな泡がお料理を溶きほぐしてくれる相性となり、鰹と昆布の出汁が熟成したシャンパーニュの旨味とも重なる。唸ってしまうくらい美味しいペアリング。
次は待望のお造り。初めに日本酒を入れた氷水でさっと洗い、その後氷水につけて花を咲かせた毛蟹洗い。新鮮なので骨に身が絡んで剥がれない状態の蟹足に食い付き、ブラン・ド・ブランを飲むとお互いのピュアな味わいが優美にマッチし、何本でも食べられそうな食欲に襲われる。
赤貝は海水の塩味とブラン・ド・ブランの程よいミネラル感が良く合い、醤油を付けても喧嘩しない相性は、醤油と同様にシャンパーニュが長い熟成によりメイラード反応が起こり、香ばしさに共通項があるため。熟成期間が長いシャンパーニュには、醤油や味噌の風味が良く合う理由がここにある。
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フワフワの食感が美味しいほぐし毛蟹
トロッと自家製グラタン
まず、蟹料理になぜロゼなのかの理論が面白い。火を入れると色が変わる食材、例えば蟹、海老、鮭、鱒にはアスタキサンチンと言う色素が含まれ、加熱前はタンパク質と結合しているため青黒色をしているが、加熱後は分離され酸化することにより鮮やかな色合いに変化する。
サプリメントとして流通しているので聞いたことがある方も多いはず。では生食とは合わせるワインが変わるのかと言えばその通り。色合いが変わることにより、味わいにバリケードが張られた状態となり、ワインを寄せ付けない食材となってしまう。
ではどうするかと言えば、食材を包み込んでくれるポリフェノールを含んだワインを合わせること。今回は、ピノ・ノワール63%、シャルドネ37%のブレンドで造られるシャンパーニュのロゼを相方に。比較するため、最初にブラン・ド・ブランで試すと、蟹特有の香りが臭みに変わり、加熱されることにより凝縮した蟹身の旨味が一致しない事が判明。
改めてシナリオ通りのロゼで合わせると、閉ざされた門の鍵を見つけたかの様な開放感が広がり、蟹の濃厚な旨味にロゼの果実味とドザージュ9g/lの甘味がベストマッチ。そして更に新しい発見。添えられた蟹酢は、昆布、米酢、砂糖、生姜のレシピで作られ、最も味わいに影響するのは米酢と砂糖。
この味わいは寿司酢の主構成と同じで、鮨シャンと呼ばれる鮨とシャンパーニュのペアリングは、魚介類のネタに合うのもありながら、シャリとシャンパーニュの甘酸っぱさが合う事で成り立つペアリングなんだと、点と点の仮説が線になった嬉しい閃き。
もう一品。森上氏はお客様にイヴェント告知をする際、フェイスブックを利用し会の直前まで写真をアップするのだが、今回掲載されていたのは試食後のグラタンとロゼの写真。私は思わず”これ絶対ですね!”と書き込んでしまったペアリング。
乳製品のチーズのコクと焦げた香ばしさがロゼのナッツ感と合い、シメジの味とクリームが上手く溶け込んでいる。しかし食べ続けると蟹味とクリームのクドさを感じるようになるので、ロゼの酸味とタンニンで口の中をリフレッシュさせると、また新たな気持ちでペアリングが楽しめる。何れにせよ、ロゼ・シャンパーニュは和食に合わせて良し、洋食にも良しと守備範囲が広くて頼もしい。
最新ヴィンテージの2009年
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この2009年のクリスタルは威風堂々としている。2006年は果実の凝縮感とミネラルが卓越し、一方2007年は清涼感が特長のクールなタッチ。続く2009年は両ヴィンテージの長所を取り込み、アタックは華奢な印象があるが次第にエネルギーに満ち溢れたテイストが現れる。
炭火の遠赤外線でゆっくり炙られた甲羅から放たれる香ばしい香り、水分が少しずつ蒸発し旨味が凝縮した蟹身、上品なオレンジ色の蟹味噌のコクにクリスタルは勝ちも負けもしない。石灰質土壌に植えられたピノ・ノワールとシャルドネの酸味が、食材の豊かな味わいを盛り立て、そのあと目一杯引き上げられた食材力を優しく果実味が包み込む、2次元ペアリングが見事に形成される。
ここまでは甲羅焼の話で、蟹身が半分位に減った後は、風味付けにブリュット・プルミエを注ぎ甲羅酒ならぬ、甲羅シャン。これが冒頭、森上氏が言った”銀座の罰当たり”の意味。しかし、程よく煮詰まった蟹身にブリュット・プルミエを注ぎ入れると、蟹出汁の味に適度な酸味とミネラルが加わり、お料理が再び緊張感を取り戻しシャキンとした高いテンションに復活する。
そこに合わせるクリスタル、ある意味親子の絆でつながるペアリングは相性が崩れるはずがなく、圧倒的な存在感がありながらもお料理に寄り添える懐の深さは、まだ若いヴィンテージながら偉大なシャンパーニュの片鱗を見せつけてくれた。
やはりルイ・ロデレールのシャンパーニュはガストロノミック。相手の出方を見ながら長所を活かす方法論の引き出しが沢山あり、乾杯で終わらず食中酒として楽しみ続けられる魅力がある。それを参加者に伝える会を開催頂いた銀座 蟹みつ様、森上様に深く御礼申し上げます。
銀座 蟹みつ 様 公式HP>>> goo.gl/nH7Cyq
森上 久生(もりがみ ひさお)
レストランサンパウやベージュアランデュカス東京などでシェフソムリエを歴任。数々のソムリエコンクールで受賞経験を持つ。2013年に独立し櫻井翔 主演 大使閣下の料理人では主演者の所作指導を行なう。第一回国際ソムリエ協会認定ディプロマ。