1999年、当主ムニール・サウマ氏と妻であるロテム女史によってボーヌの中心街に設立された「ルシアン・ル・モワンヌ」。自らの畑は持たず、一流ドメーヌが所有する最上級の畑(特級・1級)のみで造られたワインを樽で購入し、熟成、瓶詰めを行うネゴシアンスタイルでワインを生み出しています。
先日、オーナー兼ワインメーカーのロテム・サウマ女史が初来日し、ワインショップ・エノテカ六本木ヒルズ店にてテイスティングイベントが開催されました。
入荷したばかりの2016年ヴィンテージコレクションから複数のキュヴェとともに、ローヌのシャトーヌフ・デュ・パプに設立された「ロテム&ムニール・サウマ」のワインまで、なんとも豪華なラインナップをテイスティングしてきましたので、ロテムさんのお話とともにご紹介します。
目次
偉大なワインを生む小さなワイナリー
ブルゴーニュの名立たるキュヴェを複数生産し、世界的に確固たる名声を築き上げたルシアン・ル・モワンヌ。しかし、意外にもスタッフはたった5人で、セラーも六本木ヒルズ店の3倍くらいの広さしかないそうです。
「本当にとても小さなワイナリーで、最初の10年は夫婦二人だけでやっていました。今は80種類ほどのキュヴェを造っていますが、ひとつのキュヴェに対して生産量は1〜2樽。ワインの本数で言うと300本〜600本ほどしか造っていません。全てのキュヴェは厳選し、常にこだわりを持って造っています。」
続いて、これほどまで生産量が少ない理由を明かしてくださいました。
「ワインの品質と生産量は密接な関係があると私達は考えているため、少ししか造りません。
私達には4人の子供がいますが、ワインも同様に、ひとつの樽を自分の子供のようにきっちりと育てたい。複数の樽を造ると、ばらつきが出てブレンドしたりすることが多くなりますが、ひとつの樽にその年(ヴィンテージ)の私たちの取り組みを全て反映させたいのです。だから1〜2樽しか造りません。」と、ロテムさんは真剣な表情で話してくれました。
明確なコンセプトと信念を持ち、真摯にワイン造りと向き合っていることが伺えました。
ワインはできるだけさわらない
ロテムさんは毎週、夫のムニール・サウマさんと熟成中のワインをテイスティングし、ボトリングのタイミングやコンディションを計っているそうですが、本当は出来るだけワインはさわりたくないそう。
「樽を開けてしまうと何かしらワインの要素を失ってしまうと感じています。だからテイスティング以外のことは何もしないし、ワインをほとんどさわりません。私達のワインの特徴は、出来るだけ長期間、澱と一緒に熟成させていることです。」とロテムさんは言います。
そして、この後の話の中でも幾度となく「澱と一緒に熟成させる」というフレーズが彼女の口から発せられました。
また、熟成と酸化の関係については「酸化は敵と思いがちですが、どうにか酸化を味方にできないかと思っています。荒々しいテイストを澱と一緒にゆっくりと熟成させ酸化とどうやって融和させていくか、ということを研究し続けています。」とも話してくれました。
澱とともに熟成させること
ここからは当日テイスティングしたワインを紹介します。
ロテムさんのロジカルなコメントは非常にわかりやすく、全てのキュヴェにおいて「澱と熟成させることの大切さ」を説いていました。そんなロテムさんのコメントと共に説明します。
シャサーニュ・モンラッシェ プルミエ・クリュ カイユレ 2016
「1年半、澱とともに熟成させた後、2018年の11月にボトリング。開いた香りは新鮮さを残しているので新しいヴィンテージのワインであることがわかりますが、口に入れた時に広がる味わいから、いかに深いワインであるかを感じていただけると思います。早めに澱引きしてボトリングしたらこのような味わいにはなりません。」とロテムさん。
「一般的にシャサーニュ・モンラッシェは、ムルソーやピュリニー・モンラッシェのように華やかさが少ないため、男性的で筋肉質のワインと言われています。このワインも標高の高い畑の土壌を反映し、男性的でどちらかというと赤ワインに近いと言えます。黒いグラスで飲むと赤ワインと間違ってしまうかもしれませんよ。」というロテムさんの説明に、参加者の方々も真剣な表情でテイスティングしていました。
ポマール プルミエ・クリュ レ・リュジアン 2016
「ポマールはピノ・ノワールの本質をしっかりついたブルゴーニュワインであると同時に、フルボディのワインであっても決してアグレッシブな味わいが表に出ないのがポマールの良さでもあります。」と、まずはポマールのワインについて解説。
このワインは2018年にボトリングしたそうですが、本来はもっと熟成させることができるとのこと。倉庫が狭いために、このタイミングでボトリングせざるを得なかったそうです。
さらに、ロテムさんはワインの味わいについて続けました。
「フレッシュさとエレガンスさを兼ね備えているのがこのワインの特徴です。エレガンスの中に赤い果実のキャラクターがあり、タンニンもありますが噛み砕きやすいタンニン。大事なことは、もともとのブドウの質がよくなければ、澱と一緒に樽で寝かせてもこのようなフレッシュさは残らないということです。」
ニュイ・サン・ジョルジュ プルミエ・クリュ レ・ヴォークラン 2016
「ニュイ・サン・ジョルジュにはグランクリュがないので軽視されがちなのですが、私にとってそれは全く関係ありません!」とロテムさん。
「ニュイ・サン・ジョルジュの難しさはタンニンや酸がしっかりあること。その上、酸化すると酸がとてもメタリックな感じになってしまいます。でも、私はワインをいじくりたくありません。ワインの本質を変えることはしたくないのです。私達に何ができるかと言えば、Let it be (ありのまま、そのまま放っておくこと)です。
このヴォークランは、標高の低い場所にある畑で、土壌も貧しく粘土質のため、ヴォリュームのあるワインになりやすいのです。だから、確かに粗野なタンニンがあるかもしれないけれど、香りは本当に素晴らしい。荒々しさを残したまま、2016年という良いヴィンテージの特性や畑の特徴を全て表現したワインです。」と一見短所と思われるワインのキャラクターをも昇華させてしまう、非常にわかりやすい解説でした。
シャトーヌフ・デュ・パプ マジス 2014
次にテイスティングしたのはルシアン・ル・モワンヌがローヌに設立した「ロテム&ムニール・サウマ」のワイン。ロテムさんは最初にローヌワインについてこんなことをお話ししました。
「ローヌのワインに対して多くの人は濃縮感があってアルコール度数が高くて、フレッシュさや酸があまりない重めのワイン、という印象をお持ちではないでしょうか?
私達の造るローヌのワインは、過熟感はなく、とてもフレッシュです。飲み疲れないエレガントさを備えたローヌワインがあるということをみなさんに知っていただきたくて、はるばる日本にやって来ました!」とロテムさんは笑顔で力説。
そして次のようにワインを説明してくれました。
「このマジスは前述のシャサーニュ・モンラッシェ・カイユレと比較すると、地理的には400kmも離れているにもかかわらず、エレガンスさ、酸度、大きな石が多い土壌に由来するスモーキーさや味わいに、どこか共通性が見出されると私は感じています。
シャサーニュは酸が骨格を造っていますが、マジスはグルナッシュが主体で、ブドウ自体の凝縮感・成熟感が骨格を造っています。澱によるフレッシュさを主体に、はちみつ感、スパイス感、しばらくするとマッシュルーム感がでてきます。これがローヌのワインの特徴です。」
シャトーヌフ・デュ・パプ オムニア 2012
「オムニアは多くのシャトーヌフの畑から厳選した畑のグルナッシュを使用しており、さらに、2012年はクラシカルなヴィンテージで収量も安定していたので、これこそ本来のシャトーヌフのワインと思っていただきたい。」とロテムさん。
「オムニアはボトリングしてから5年ほど経ちますが、色合いは濃さもダーク感もあるし、口に含むとアルコールによるヴォリューム感や凝縮感があります。しかし、飲み込んだ後の余韻の中に酸やフレッシュさが残っています。それがとても重要で、酸やフレッシュさが残っていることで飲み疲れないし、次の1杯に進むことができます。酸味を残すことがいかに大事か、それをこのオムニアの中に表現しています。」
シャトーヌフのワインもブルゴーニュと同じように、ワインひとつずつきっちりと造りあげて個性をしっかり表現したいとのことでした。
おわりに
参加者を前に真剣に、そしてとても丁寧にワインの説明をしてくれたロテムさん。
「謙遜でもなんでもなく、ワイン造りにおいて私たちは何もしていない。私たちはワイン造りにおいて新鮮さを保つことをとても大切にしているけれども、そのために何か手を加えることはしません。私たちの造るキュヴェのひとつひとつが、ありのままを体現していると思ってもらえたら嬉しい」というお話がとても印象的でした。
そしてテイスティングしたワインはみな、ヴィンテージや畑の個性とともに、生産者であるロテムさんご夫妻のアイデンティティをも体現していると実感しました。ブルゴーニュやローヌのワインの本質をも知ることができた、非常に充実した内容のイベントでした。
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