【醸造家が語る】最高峰のブルネッロ・ディ・モンタルチーノを生み出すために大切にしていること
イタリア三大銘酒としてバローロやバルバレスコと並び、最も高貴なイタリアワインに数えられるブルネッロ・ディ・モンタルチーノ。繊細かつ優雅な香りと美麗な味わいは「イタリアワインの女王」と讃えられ、世界中のワイン愛好家を虜にしています。
数あるブルネッロの生産者の中でも、伝説的ワイナリーといえばポッジョ・ディ・ソットでしょう。国内外で高い評価を獲得し、日本では人気ワイン漫画『神の雫』で第九の使徒に選ばれ一躍有名になりました。
このワイナリーの躍進に貢献したのはイタリア随一の名醸造家、故ジュリオ・ガンベッリ氏。あの「カーゼ・バッセ」や「モンテヴェルティネ」といった、サンジョヴェーゼの最高峰も手掛けた人物です。
ソットでは伝統製法を駆使し最高峰のブルネッロ・ディ・モンタルチーノを造りだしてきました。生み出されるワインは優美かつフィネス溢れる味わいで、飲む者を魅了し続けています。
今回は、そんなポッジョ・ディ・ソットの醸造家であるルカ・マローネ氏と、醸造コンサルタントのフェデリコ・スタデリーニ氏にお話を伺いました。
【プロフィール】ルカ・マローネ氏
ヘッド・ワインメーカー。
アブルッツォのブドウ栽培家に生まれたことから、ワインメイキングの道を目指す。
ピサ大学でワイン学とブドウ栽培学の学位を取得した後、故ジャコモ・タキス氏に師事。
数々のワイナリーで経験を積んだ後、2003年にアシスタント・ワインメイカーとしてコッレ・マッサリに参加。
【プロフィール】フェデリコ・スタデリーニ氏
フィレンツェ生まれの農学者。
大学卒業後にドイツ、ライン渓谷エリアでワインメイキングを学ぶ。
2010年よりポッジョ・ディ・ソットでワインメイキングのコンサルタントとして働いている。
ブルネッロ=大粒は昔の話?
―ブルネッロというブドウについて教えてください。
ルカ・マローネ氏(以下 ルカ):ブルネッロとは大粒のサンジョヴェーゼ・グロッソを指します。
昔はサンジョヴェーゼより粒が大きいことからブルネッロ―ネと呼ばれており、非常に生産的なクローン(※1)のため、50~60年前は安定した生産を求めてたくさん栽培されていました。
しかしこれは過去の話。現在モンタルチーノの畑で栽培されているのは、より厳選された品質の高いクローンが多いです。
※1:同じ株に起源をもつもの。一般的には同じブドウの樹から枝だけを切り落とし、挿し木などをして繁殖させたものを指します。
―ポッジョ・ディ・ソットでは、どんなブルネッロを栽培しているのでしょうか。
ルカ :モンタルチーノ地区では珍しい40~50年の歴史ある畑を所有しているのですが、そこには沢山のクロ―ンが植えられています。
私たちはそれらをフィレンツェ大学の協力のもと約180種に分類し、その全てをワインに使用しているんです。
―180種!すごい数ですね。どのようにカテゴライズされているのでしょう?
フェデリコ・スタデリーニ氏(以下 フェデリコ):選別はそんなに難しいものではありません。単純に畑を見回り、同じ特徴を持つ樹を分類するのです。例えば葉を見て、茎の付け根が緑色なものが多い中に、赤みがかっている樹があるとすると、それを別の種として分けるのです。
粒についても同様で、丸いもの、楕円のものと分けていきます。これは特徴で分けているだけなので、必ずしも別の遺伝子型なわけではありません。
こういった判別を繰り返し、樹に印しを付けてカテゴライズするんです。
―カテゴライズしたものから良いクローンを選別するのではなく、全てを使用するというのはどんな目的があるのでしょうか。
フェデリコ:ポッジョ・ディ・ソットは、こういった特徴を選別する対象として捉えるのでなく、むしろ多様性として捉え活用しています。
ルカ:複数の種を使用することで、ブルネッロの中でもバリエーションが生まれ、ポッジョ・ディ・ソット特有の味わいやアロマが生み出されていると考えているんです。
新しい畑を取得した時や、樹が死んでしまって植え替えが必要な時も、こうしてマサルセレクション(※2)を行っているんですよ。
※2:畑の中に複数のクローンを混在させて栽培する方法のこと。
ロッソからレゼルヴァまで、使用するブドウは全て同じ畑から
―ロッソ、ブルネッロ、レゼルヴァには全て同じ畑でとれたブドウを使用していると聞いていますが、本当ですか。
フェデリコ:ポッジョ・ディ・ソットでは、畑によって作り分けるということはしていません。「全ての樹に等しくロッソ、ブルネッロ、レゼルヴァになるチャンスを与えたい」というのがポッジョ・ディ・ソットの考え方です。
―では、畑ではなく醸造の過程で造り分けていくのですね。
ルカ:そうです。判断の第1ステップは発酵にかかる時間です。ロッソのブドウは22~25日程で発酵するのに対し、ブルネッロ、レゼルヴァになるポテンシャルを持つブドウは大体35~38日程と時間がかかります。
しかしこれはあくまで目安。発酵中やスキンコンタクト中の果皮の状態を見て判断しています。
もちろん、収穫時のブドウからある程度はどれがロッソになるか、ブルネッロになるか、レゼルヴァになるかのイメージは持つことは可能です。
しかし、果皮の状態を見ながら、あるいはワインをテイスティングしながら、毎日ワインの状態を確かめていると時に全く違った結果が出ることがあるんです。だからこそ、状態を見て造っていくことを大切にしています。
-テイスティングにおいて、ロッソ、ブルネッロ、レゼルヴァを見極める基準などはあるのでしょうか。
ルカ:この質問に対する答えを知っていただくためには、一緒にテイスティングに参加してもらうのが一番手っ取り早いかもしれませんね(笑)実は明確な基準は無く、感覚的な部分が多いのです。
ソットでは最終ブレンドが確定するまで、収穫されたブドウは区画ごとに発酵・樽熟成されます。例えばロッソの場合、他と比べてやや軽めでフレッシュ、クリスプなどの特徴を持つ樽を選ぶことが多い気がしますが、それだけではありません。
テイスティングを行ったときに、今がボトリングに最適だと感じたワインがあればそれを選んでいます。つまり基準などはなく、謙虚な姿勢でワインに接し、経験をもとに判断することが大事だと思っています。
―なるほど。ではブルネッロとレゼルヴァの判断についても同様でしょうか。
ルカ:そうですね。発酵後、約22~24ヶ月の樽熟成を経てまずはロッソが完成しますが、その時点で残っているワインがブルネッロかレゼルヴァになる予定のワインということになります。
それらを更に1年熟成させた後にテイスティングを行い、ブルネッロとレゼルヴァになる樽を決めています。もちろん、レゼルヴァは毎年造るわけではなく、ここ10年でもたぶん5回ほどしか造っていなかったかんじゃないかと思います。
ちなみにテイスティングは最低でも年に4回、全てブラインドで行います。これはジュリオ・ガンベッリの時から同じ方法なんですよ。
―つまりソットで造られるワインは全て同じブドウを使用し、醸造中のワインの状態を見ながら造り分けられているということですね。
ルカ:そうです。レシピがあってそれ通りにワインを造るのではなく、あくまでもヴィンテージごとにワインの状態を見極めながら最適な醸造、熟成を行うのが大事なのです。
ワインメイキングにおいて大切にしていること
―ソットのワイン造りにはどんな特徴があるでしょうか。
フェデリコ:一概に表現することは難しいですね…。個人的には特徴とは積み重ねであり、天候、標高、土壌などが全て関係することで特徴が出ると考えています。
ただ、大事なのは常に樹を観察し、それぞれの樹に必要なものを考え、与えることだと私は思っています。
ルカ:そうですね。ジュリオ・ガンベッリが醸造を担当していたころから、周囲の畑や区画を購入して栽培面積を増やすこともしましたが、ソットのスタイル(Style of House)は守っています。ヴィンテージごとの特徴、テロワールの特徴を引き出すことですね。
―なるほど、これまでのスタイルを継承しているのですね。
フェデリコ:そうですね、基盤は変わりません。
ただ、私たちの仕事は博物館のアートを守ることとは違います。常に同じではなく、ヴィンテージの個性に合わせて、マセラシオンの期間やポンピングオーバーの回数を微調整するなど、その時その時でブドウに必要な方法をとっています。
―ワインメイキングにおいて、大切にしているのはどんなことでしょうか。
フェデリコ:例えばルカは、テイスティングが終わった後ワイナリーを1時間ほど離れて思いにふけり、結果について私に電話してくることがあります。逆もありますが、大事なのはきちんとワインについて思いを巡らせ、考えることだったりします。
例えばですが、ミケランジェロが彫刻を制作していた際、周囲からは完成形が既に石の中に存在していてミケランジェロは単に周りを覆っていた外殻を取り除いていただけだったように見えたといった話があります。
ワインも同じかもしれません。すでに存在するワインのエッセンスを引き出すのが大切なのだと思います。
―なるほど。それでは最後に、ポッジョ・ディ・ソットのスタイル「Style of House」について、それぞれ一言で表現するとどんな言葉になるでしょうか。
ルカ:本質(Essence)だと思います。
フェデリコ:ファンタジー(Fantasia)ですね。
―ルカさん、フェデリコさんありがとうございました。
まとめ
ブルネッロの伝説的ワイナリー、ポッジョ・ディ・ソット。
その唯一無二の味わいと輝かしい功績を支えるのは、多様性に富んだブルネッロとこだわりのワインメイキングはもちろん、醸造家たちの真摯にブドウとワインに向き合う姿勢があるのだということを今回お話を聴いて実感しました。
みなさんも、ソットが生み出す珠玉のワインから、彼らが大切にする「Style of House」を感じ取ってみてはいかがでしょうか。
JSA認定ソムリエ秋田県出身。シャンパーニュの美しさに魅了され、ワインの世界に。成城学園前店、GINZA SIX店での勤務を経て、現在はエノテカ編集部の一員としてライティングを担当している。